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第九話【魔王陛下と少女】
もしこの世界に神が存在すると言うならば――…是非にお目に掛かりたいものだと思う。
切実に思う。一目会いたいと。
会ってどうするかって?そんなの決まっておるだろう。
『その面を殴るのだッ!』
いやいや…その前に、眞王を捕まえて殴らなくてはなるまい。
そんでその後に成仏して頂こう。うむ。
「サクラねぇさま、どう?」
『…お、似合うではないか』
「ふふふ、おねぇちゃんも似合ってるよー」
『そ、そうか?』
目の前で、レタスがくるりと回って、ラザニアに用意させたメイド服を見せてくれておる。
…――可愛らしい。
サクラは、ふわふわの空色の髪を靡かせて、フリルの付いた服に喜んでおるレタスを見て、頬が緩んだ。
――ヒジカタ・レタス。
己が言い出した事で、姉になる発言から責任持って少女を妹として引き取った。
もちろん…あの街から城に連れて来る事に、我が護衛のオリーヴと、己の婚約者の弟であるヴォルフラムは、納得いかない風であったが――…そこは、もう脱走などせぬから〜と、頑張って説得した。
あの街に居合わせた他の人らは、最初は困惑しておったが…サクラがそこまで言うなら……と、大して反感を買わなかった。
コンラッドは、苦笑を――、グウェンダルには重く長い溜息を頂いただけで。
もとより、漆黒の姫の命令なら誰も逆らわないと言うのに、決して命令はせぬかった。 それをコンラッドに指摘された事は忘れたい出来事である。
――…コンラッドと言えば…。
あの時、優しく抱き留めて涙を拭ってくれたコンラッドを思い出して――サクラは頬が紅潮した。
「サクラねぇさま?」
『う、うぬ?あーじゃあ始めようか』
「はぁーい」
働く事は出来ぬので…あの後、それとなく言っても、誰からも許可を取れぬかったのだ。
あんまり言うと…ユーリからも怒られそうになったので、許可は諦めたサクラだったが…――城の中でなら善いであろうと、度々、メイドの仕事をしてる。
レタスは、まだ小さいから、あんまり仕事などさせたくはないのだが――…私が何かしようとするとついて来るので、一緒に掃除したりしている。
レタスが来てからは、私の部屋でレタスも過ごしておるので、自室の部屋の掃除はレタスの仕事となっておる。 担当のラザニア達三人のメイドも手伝ってくれているみたいだが。
実は――…サクラ大好きとなったレタスと、サクラ命のオリーヴが張り合って、仕事の取り合いをしておるとは――…私は知らぬ。
また、レタスが部屋にいる事で、コンラッドが部屋に乱入出来なくなって、やきもきしておることも――…私は知らぬ。
因みに今日は、窓ふきをしようと話していて、私もメイド服を着ている。
『(何事も形から〜ってな)』
ラザニア以外のメイドや臣下達に見つかると、当たり前だが止められてしまうので――…この仕事はいかにあやつらにバレないようにやるかが、重要となっている。
ちょっとした遊びとして、レタスと二人でたまにこうやって、メイドに混じって任務を遂行しておる。
――気配が敏感な私だからこそ遂行出来る任務である!と、思う!
だってなー…。
毎日、こうやってメイドに混じって仕事をしておるわけでもないのだが……たまに、だ、たまにしかしておらぬのだが…。修行で一日潰す事もあるし。
だがな…やつらに秘密で、こうやって秘かにメイドに紛れてもバレる事は一回もないのだ。
…――四か月も経つのに…。 そう四か月、四か月だぞ!
サクラは、鼻歌を歌っておるレタスの隣で――…窓の外を眺めた。……空には、骨が浮いておる。
地球では絶対見られぬその光景に、溜息も自然と出てしまう。
あれから四か月も眞魔国で過ごしておるのだ。未だ、地球へと帰れる兆しはなく…眞王も見つけれず、ただ時が過ぎてゆくのを肌で感じるだけの日々。
夏だったあの頃から、今では本格的な冬間近である。
これで地球へと帰れたとしても――…あちらではどれくらいの時が流れておるのだろうか?
前回は数分しか経っておらぬかったが…こんなにこちらの世界に居座っておるのだ。地球では数日経っておっても可笑しくはない。
――結城が泣いておらぬと善いのだが……。
「サクラおねぇちゃん、見て、見てぇ」
『――ぬ?おお〜綺麗になったな、偉いぞ、レタス』
無邪気に笑うレタスに――…私の悩みも憂鬱な心も晴れてゆく。
私はふんわりレタスに向かって笑みを浮かべた。レタスは、褒められて嬉しそうにはにかんでおり、またその仕草が私の心を軽くした。
『(…かわゆい)』
心底、あのゲス共の餌食にならなくて善かったと思う。
――そう言えば…ゲスらはどうなったのだろうか…。
コンラッドに尋ねたら不機嫌そうになるし、グウェンダルやオリーヴに尋ねても視線を逸らされるだけで、明確な返事はもらえぬかった。
殺してはおらぬだろうが…コンラッドの様子に――…若干、あやつらに同情。
『これが終わったら、私が美味しい朝ごはんを作ってやろう!』
「ホント!?」
『うぬ』
今頃、私を探しておるだろう我が護衛の彼女を脳裏に浮かべて――…こっそり調理場に行こうなと、レタスを笑い合う。
ふふふと嬉しそうに笑うレタスの笑顔は、空色の髪と琥珀色の瞳も相まって、陽だまりのようだ。
――とても暖かい。
『――…うぬぬ…?』
隣の部屋――謁見兼執務室で、先程から複数の気配を感じておったが――…何やら騒がしくなっておる。
「サクラねぇ?」
『隣の部屋がな、少し騒がしい』
私達がいるこの部屋は、隣で魔王陛下に会う為に来た来客用の為の控室である。
重要な客もここに通されるので、念入りに掃除をしておったのだが。
「ですから何故、あなたが陛下のお部屋で寝起きしているのですか!?」
ドアを開けて聞こえてきた声に、レタスとサクラは顔を見合わせた。
『…覗きに行ってみる?』
「のぞきに行ってみるぅー」
私達はニンマリ笑い合って、こそこそ部屋を後にし――…隣の部屋へと覗きに向かった。
――拝啓、尺魂界の皆様。
私には可愛らしい弟の他に、可愛らしい妹が出来ました。
見せれぬのが少々残念だ。
(私は、相も変わらず)
(そちらを切望しておるよ)
(だが――…)
(こちらでも大切なモノが出来た)
(育まれた譲れぬ想い)
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