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【後日談】
「いいですか、サクラ様!サクラ様はこの眞魔国に必要な方なんです!」
「そうだぞ!漆黒の姫なんだ、姫らしく城で大人しくしてろッ」
『……』
「フォンビーレフェルト卿の言う通りです!サクラ様っ、サクラ様が望むように行動なさっても構いませんが……城を無断で出て行くのはお止め下さい!」
『……う、うぬ…』
「判っているのか!全くお前は…」
宿泊する予定だと言われ、あの宿に足を運んだ私を待っていたのは――…般若のような魔族組で。
部屋に通される前に、広場でオリーヴとヴォルフラムの説教が始まった。
倉庫へと案内してくれた青年が受付に立っていて、遠目からこちらを見て苦笑しておる。
コンラッドをチラっと見たら――、助けてくれる空気ではなく、苦笑さながら笑みを浮かべて、二人の前へと差し出され――…そして、毎度の如く説教。
サクラは遠い目をして、うむうむ二人に頷いた。
「訊いているのかッ?そろそろ姫としての自覚をだな…」
『…否、だが…自立はしたいのだが…』
「――…何?」
こちらを説教している二人から目を逸らして、口をもごもご動かした…ら――…静かに傍聴しておったフォンヴォルテール卿グウェンダルが、低いテノール声を発した。
恐る恐るそちらに目を向けたら…只でさえ威圧感たっぷりなグウェンダルの、目を鋭くした臣下の姿を目撃して、悪寒が走った!
こやつは御冠のようだ、何故だ。
『だから…その、一人の人間として働きたいのだが……』
「……お前は魔族だろう」
『……言葉のあやだ。……己は、働きたいのだッ!』
不穏な空気を醸し出したグウェンダルの視線に打ち勝って、私はそう発言した。――頑張った!
こんな騒ぎを起こしても尚、働きたいと言っているサクラに――……全員の白い視線が集まる。ユーリの視線も入っておった。
その視線の数に、思わず怯む。
――…私が悪いのだろうか…。
「サクラ、サクラはさ、なんでそんなに働きたいの?」
『そ、れは…』
真っ直ぐ黒い瞳で見据えられて、口ごもる。
そんなの…民のお金でユーリと暮らすのには、引け目を感じるのも理由の一つだが――…働いていないと……余計な事まで考えてしまいそうだからだ。
忘れたい、忘れたくない。……忘れたくない――…。
嘗ての仲間たちの姿が、頭に浮かんでは消え――…浮かんでは消える。
地球に帰れなくなって、“こちら”に居場所を作りたくないと思っているのに…帰れなくて、己の魂の在るべき場所がこちらだとか言われて、あの世界からも見放された気がして…――。
その現実を認めたくなくて、とりあえず己の足で地に立ちたいと。…だから――…。
己のその想いまでユーリに見透かされたような気がして…動揺した。
ここまで追って来てくれた、こやつ等に我が儘をこれ以上言う程――…私も子供ではない、と思う。
「居場所ならさ、おれたちがいるじゃん。サクラ…眞魔国では居場所を作りたくないって言ってたけど、もうここがサクラの居場所だよ。サクラがいなくなったら、おれたち必死になって探すし、サクラは気づいてないかもしれないけどさ、サクラはもう必要な存在なんだよ」
『――っ!』
面と向かってこうやって言われるのを――…己は危惧していたのに。
危惧…していたのに……ユーリにそう言われて胸が暖かくなった。素直に、嬉しいと感じる。
「そうですよ!あたしサクラ様がいないと…生きていけないし!」
「――そう言う事だ。…大人しく城にいるのがお前の仕事だ」
『っ』
「フンッ、はっきり言わないと判らないとは…ユーリと同じで、へなちょこだな!」
『……』
ユーリの後に次々に言われる言葉に、目を丸くした。
――ポンッ
と、背後からコンラッドに肩を叩かれて――…
「サクラがいないと俺も生きていけません」
____ふんわり微笑まれた。
好きだと言っているでしょう、貴女の居場所は俺の隣です。と続けて言われ、胸がグッとした。
サクラは下に視線を向けて、唇を噛み締めて涙を堪え――…コクリと頭を縦に動かした。
肯定の返事を皆に返したサクラの姿に――ふっと取り巻く空気が穏やかになる。
こうして、土方サクラ一世一代の家出は――…静かに幕を閉じた。
___とある真夏の出来事であった。
【赤い悪魔】完
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