15
「サクラ…サクラ様は……その…」
殺気に慣れていない為に、カタカタと体を震え可哀相なくらいに青白くした二人に――グウェンダルは、溜息を吐いた。
自業自得で同情の余地もないだろうと、グウェンダルもまた二人に対して怒りを覚えてはいたが…これでは埒が明かないと思う。
「コンラート、殺気を押さえろ。サクラが売られたとしたら、グリエと一緒にいるはずだ、ヤツと一緒なら安心だ、ろ――……」
グウェンダルが殺気立つ弟を諌めている間――…おれは、体の中が熱くなるのを感じた。
これは…おれがいつもキレて魔王になる時みたいな……でも、何かに触れて、自分の中が熱くなったような――。しかも、何処かで感じた事のある感覚。
グウェンダルも気付いたんだろう。コンラッドを諌める言葉が途中で途切れたから…彼だけじゃない、ヴォルフラムも、オリーヴも……窓の外に鋭く目をやった。
――これは…サクラ…?
途中で言葉を止めたグウェンダルに、コンラッドは訝しみながら見遣って――オリーヴ達の反応に、まさかと…同じように窓の外に目をやった。
「……サクラ?」
「…ああ…」
「この感じだと…サクラ様」
「ああ…これはサクラ独特の怒りの魔力だな」
「――!」
コンラッドの困惑の声に、ヴォルフラム、グウェンダル、オリーヴの三人の会話に、魔力を感じる事が出来ないコンラッドにも状況が伝わった。
――って、そんな事言ってる場合じゃないじゃんッ!
怒りの熱を発している場所目がけて――おれは、店内から飛び出した。
魔力を使う程、サクラが何かに憤慨してるって事だろッ!?
「――!?っ、陛下ッ!」
いきなり飛び出したユーリに、驚いてコンラッドはユーリを敬称で呼んでしまい――それを訊いてしまったシメジとエノキは、目が取れるんじゃないかってくらいに驚愕したみたいだけど……飛び出したおれが知る事はなかった。
「逃げるなんて考えないことね」
舌打ちして、グウェンダルとヴォルフラムが、コンラッドとユーリを追い掛けるように店内を後したのを横目に――…オリーヴは、サクラを人売りに売ったと思われる二人をこれでもかってくらいに睨みつけ一言残して、店内を去った。
コンラッドとオリーヴの殺気にあてられた二人は……彼らが去った後――…へたりと腰が抜けて、一言も発せず床に座り込んだ。
サクラの居場所を知らずに彼らが何処に向かったのか、考えるまでもないけど……、サクラが漆黒の姫だった事。
笑顔が素敵なサクラをゲスに売ってお金を得た事に、罪悪感を感じていた所に――衝撃の事実。
二人は一国の姫を、ゲスと言う人売りに売ろうとしたのだ。ただでは済まされない。しかも……さっきまでいた、可愛らしいあの男の子は――…“陛下”と呼ばれていた。
知らされた事実に、頭が追いつかなくて――シメジとエノキは、人形の様に黙り込んだ。
――なんて事をしたのだろう……。
その思いだけが二人の脳裏をぐるぐる回った。
□■□■□■□
「ひッ」
床に這いつくばって逃げる様は、実に滑稽だ。
怒りと共に這い出てきた己の魔力の勢いと鬼道で、手首についていた手錠をはずした、私の自由になった両手で、目の前の獲物を冷ややかに見下ろす。
先程まで、己の上で下品な笑みを浮かべておった余裕さは見当たらぬ。――愉快である。
朱雀がゲスを蹴り飛ばした後、私は三人の男を殴り続けた訳だが――…地獄をみせてやろうと思ったのに、あっけなくヤツどもは気絶しおった。
まぁ…それは善い。
同じく衝撃で気絶していたゲスの頬を、ぺちぺち叩いて無理やり起し、怒りのままに腹を殴れば――ゲスは、泣きながら助けてくれと懇願し始めたではないか。
――助けてくれ?
『貴様…これまでも、こうやって女性を商品扱いして、遊んでおったのか?――今回は、少女や少年まで誘拐しやがって。……許せると思うか?この、戯けがッ!』
「ひッ」
『助けてくれ〜などと。私は、はなっから…人を殺したりはせぬよ、だがな貴様等は生き地獄という名の地獄を見せてやるッ』
「ちょ、ちょっと姫さん!」
『――あん?』
別に殴られ続けているゲスが可哀相になったからではなくて、寧ろこんなヤツ、さっさと殺ればいいのに……と思っているヨザックだったが――……これ以上、怒りのままのサクラを放っておけなくて、頃合いを見計らって声をかけた。
だが、据わった目でサクラに一瞥されたヨザックは――…口を引き攣らせる。
「(姫さん…こうなると、怖いんすよね……)」
だけど、人を殺める事はしないサクラだから、声をかけて止めた。
ヨザックは魔力を感じれないが……サクラの鬼気迫る様子に、何かを感じてそっと身震いした
サクラに声をかけた事で、ヨザックの存在を思い出したゲスは――、
「おいっ、早く俺を助けんかッ!」
「……」
部下だと思っている彼の足にしがみ付いて、命令した。
だが、ヨザックはゲスを絶対零度の瞳で一瞥しただけで、助けようなどはせぬかった。 当たり前だろう。彼の上司は、こやつではないのだから。
「ヨザックッ!」
「はぁ〜…。アンタまだ気づかないのか。 オレはね、アンタら組織の実態を知るために来てんすよ、こうなったからには、もうオレはアンタの命令には従うなんてバカな真似はしねぇよ」
耳障りな助けを求める声に、ヨザックは息を吐き出しながら、ゲスに向かって種明かしをした。心底、お前は莫迦らしいとでも言いた気に。
「ぇ…」
ゲスは困惑気に部下だったヨザックを見つめる。
こんな状況で頭が上手く働く筈がなく、ただヨザックがもう自分の部下でなくて、尚且つ自分を助けてくれないと言う事実だけは呑みこめたゲスは――…震えながら、またサクラに視線を戻した。
サクラは無表情にゲスを見ていただけで、室内にはヨザックが吐いた溜息の音だけが響いた。
怒れば怒る程、頭は冷えていった。
ヨザックに声をかけられて、もう善いかと思った。だから、こやつらは拘束して尋問にかければ善い。
『…――、縛道の一、塞』
私はゲスを冷やかに見遣った後、気絶したこやつの部下三人を鬼道で拘束し――、最後に…ゲスを「ひぃ」とか悲鳴を上げていたが……手刀して気絶させ、こやつも鬼道で拘束した。
「姫さん、お見事!…――って…、姫さん大丈夫っすか?その…」
『……』
このお庭番は…私が危うく強姦されかけた事を言いたいのだろう。その話題には触れてほしくなく、尚且つ、己の不注意でこうなったのだ。ヨザックが気に病む必要などありはしない。
『(…未遂だったのだし)』
なのだが……私は、口を開く事が出来ぬかった。彼を責めている訳でなく。下唇を噛み締める事で、悔しさを紛らわせた。
ヨザックは、ヨザックで、拳を握りしめた。
目の前で視線を床に向けて無言のままのサクラは、消え入りそうな雰囲気で…だけど気丈にも立っている。それがまた、ヨザックにはもどかしかった。
彼女を安心させて、抱きしめて、支えになってあげたいが――…それはオレの役目ではない。
だけど、守りたいと――…いち臣下として守ってあげたいと思っているのに、その彼女が、目の前で腐った輩の餌食になりそうだったのだ。
ヨザックは言いようのない…自責の念が…胸の中で、根強く巣食った。
ヨザックにとってサクラは、世界の全てだ。ユーリ陛下にも忠誠を誓っているけど、ヨザックの中ではサクラはの次にユーリ陛下が位置づけされている。 サクラは嫌がるだろうけど、ヨザックはこの命はサクラはの為に使うと決めていた。もちろんユーリ陛下だって守る。守るけれど――…サクラの為に陛下を庇って死ねはしない。それ程、サクラは大切な存在で。
恋心は持っていないけど、全てを投げ捨ててもサクラを守りたいと思うくらい慕っている。臣下として幸せだと感じるその想い。
そんなサクラが今、目の前で泣くのを堪えている。
―――きっと姫さんは――…ここで泣いたら、オレを責めてしまうとか考えているんだろうと、容易に想像できる。
陛下と同じで何処までも甘いお人だから。
『大丈夫だ、ヨザック。――……青龍』
《…嗚呼》
青龍の名を呼べば――…彼は具現化してくれて、拘束したゲス共を引きずって外へ。
『外に、ユーリ達の気配がする。グウェンダルの気配もあるから…こやつらを連れてってもらおう』
「な〜るほど」
霊圧とは違うが…魔族は独特な力がその身にあって、誰が何処にいるのか探せば判る。
ユーリとオリーブや、グウェンダルにヴォルフラム、そして……コンラッドの気配がこの建物に近づいておるから……確実に私達がここにいるのが判っておるのだろう。
困惑気味なヨザックにそう言って、私も残りの男を引き摺って、ヨザックも別の男を受け持ってくれて、部屋を後にした。
『(――コンラッド…)』
何故か、無性に会いたくなった。
→