14
[sideユーリ]
流石に…想い人と四日も会えないと、気持ちが沈むのか、爽やか笑みが似合う次男は、さっきから長男の如く眉間に皺を寄せていた。
「(ひぃ〜)」
怒ってんのか、心配しているのか判らない我が護衛の様子に、ユーリはそっと目を逸らした。
その間も、コンラッドは何か思案していて、オリーヴも、あれから口を閉じていた。
あれからというのは……昼ごろ白鳩飛べ飛べ伝書便にて届いた、ヨザックからグウェンダルへの報告書を皆で目を通してからだ。
報告書には、サクラがある店で見つかったと書いてあった。
おれは、そこに書いてあった“ようこそ!パプリカ”と言う…地球組のおれとしては、何とも言えない店の名前に目を奪われた訳なんだけど……魔族組の着眼点は違ったらしい。あのヴォルフラムさえ、深刻そうにしていたのだ。
オリーヴが引き連れて来た彼女の部下たちは――遠目からオリーヴの機嫌を窺っている。
念願のパプリカには、ちょうど報告の手紙を貰ってから、数時間経ってからで、やっと街に辿り着いた〜とおれは、良かった〜なんて喜んだのに……。魔族組は、深刻そうなまま街を注意深く見ていた。
「(少しは…休ませてー)」
いや…サクラが心配じゃない訳じゃないんだけどね……あの道のりを四日もかけて馬に揺られたおれの体はへとへとなんだー。
な〜んて事も口に出せず、ユーリは疲れ切って重たい体をのそのそ動かしながら、魔族組について行く。
「ちょっと、あの方…フォンヴォルテール卿でないかい?」
「うっそ〜…」
「じゃあ…もしかして…」
軍服の集団を目にして、街の人達は青ざめ始めた。その囁き声を耳にして、ユーリは小首を傾げた。
住人のあの反応は…あまり、おれ達を歓迎していないような……そんな反応である。
オリーヴとヴォルフラムは、住人達を見て鼻を鳴らして見下していた。
「あの反応…やっぱり街ぐるみでグルだったのね」
「……ああ」
「……」
「サクラ様が心配だわ。ささっと例の店に行くわよ!」
やや不機嫌そうな長男と、沈黙を保っている次男――と、傍観していたおれ達を見て、オリーヴは腰に手を当てて、そう言い放った。
サクラがいないと…オリーヴのあの独特な傲慢さは、緩和されないみたい。
「(…と言うか……眞魔国の女性は…たくましい人ばっかりだ)」
数日前に見たアニシナと、子供がいると思えないツェリ様を脳裏に浮かべて、「早く歩きなさい」と、目の前で全員を叱咤しているオリーヴを見て、おれはそう思った。
オリーヴが動く度に、高く一つに結ったピンクの髪が揺れている。あの髪が赤ければ、アニシナと間違えそうだ…。
「待て、待て。――まずは村長に挨拶しなければなるまい」
「…村長〜?」
溜息を吐きながら、彼女を止めたグウェンダルは、「気は進まないが…逃げられても困る」と、言った。
「どういうこと?」
納得したオリーヴを見て、話が見えなかったおれは、またも首を傾げた。
「普通は街を訪問する場合って、予め連絡した上で、挨拶をするのが礼儀なんです。ですが…今回は、犯罪組織をつぶすのが目的なので…文すら出してません。それに急な事でしたし」
「へェ〜」
「しかも、今回はその村長も怪しい。あたし達が来たって知れば、逃走してしまうでしょう」
「……ぇ、ええぇー!街ぐるみで人を誘拐してたのッ!?」
驚くユーリに、オリーヴは深く頷いた。
――なるほど……。だから、あの人達、グウェンダルを見て驚いてたんだ…。
オリーヴは髪と同じ桃色の瞳で、グウェンダルを一瞥して、近くに控えていた自身の兵士を呼びつける。
「ロッテ、クルミ!」
呼びつけられた兵士は、女性と男性の二人で。
ロッテと呼ばれた男性は――金髪にブラウンの瞳の容姿で、コンラッドと同じくらいの背丈。
クルミと呼ばれた女性は――クリーム色のボブヘアーに、ブラウンの瞳で…フリルが似合いそうな――…女の子〜って感じのふわふわした印象を受ける、サクラと同じくらい小柄な女性。
近寄って来た二人は、オリーヴと同じ山吹色の軍服を着ていて、ぼけっと見ていた陛下であるユーリに一礼し、次にオリーヴを見た。
「二人は、村長を見つけて確保しといて、話を訊きたいから。他の兵士には…入口にて待機って言っといて」
この街は国境付近とあって、石の壁が街を囲んでいて――出入り口は一つだ。
逃げるにしても、その門からでないと、逃げれないだろう。住人一人でさえ逃がさない。 オリーヴの意図が明確に判った二人は、敬礼して深く頷いた。
「これで、いいでしょ。あたし達は問題の店に行くわよ」
去っていく部下二人を見て、オリーヴはグウェンダルを振り返り――グウェンダルは、それに文句もなく頷く事で彼女に同意した。
――オリーヴって…ちゃんと隊長だったんだ…。
部下に向かって指示を出して、あのグウェンダルに対しても臆することなく行動している。
普段が、普段だけに…そのギャップに、ユーリは目を丸くした。
サクラ命のオリーヴしか見てなかったしな〜。
「おい!何を見とれている!この尻軽がッ」
「……ぇ、いやいや、何言ってんの」
「お前はッ!ボクと言うものがありながら……いつもいつも」
何やら誤解したヴォルフラムが、おれの服を掴みながらおれを罵倒し始めた。――って…
「(おれは、男だってぇぇぇ!!)」
こんな時、いつも助けてくれる我が護衛は――…眉間に皺を寄せたまま、オリーヴと共に先を歩いている。
気が付いたら、おれとヴォルフラムは置いてけぼりじゃん!
おれは、慌てて…――まだぶつぶつ文句を言っているヴォルフラムを引っ張って、先行く三人を追い掛けた。
ヴォルフラムは、浮気が〜とか女に見境がない〜とか大声を出しているけど―――…おれは聞こえないフリをした。渋谷有利、スルースキルを身に着ける。
□■□■□■□
「邪魔するわよ」
そんなに歩かなくても済んだ。割と出入り口付近にあった民家のようなお店――“ようこそ!パプリカ”は、ひっそり立っていた。
まるで悪役の如く言いながら、店内へと入ったオリーヴに続いて、おれたちも中に入った。
「なんですか…どうかしたのかい?」
明らかに軍服で、兵士だと判るオリーヴを見て、店内にいた店員だと思われる中年の女性は、目を丸くしている。
「ここに、サクラ様がいる事は判っているのよ。大人しく出しなさい」
「その言い方だと…オリーヴが悪人みたい」
高圧的に言い放った彼女に、ユーリは口を引き攣らせた。
反対に、サクラと名を耳にした店員のおばさんは――…ピキッと顔を固まらせて、黙った。そしてみるみる青白く変化する。
その表情の変化を魔族組は見逃さなかった。
「ネタは上がってんのよ、早くサクラ様を出しなさい。四日前からここで働いていたでしょう」
「サクラちゃんなら…その…」
「サクラがどうかしたのかい」
目に見えて焦っているおばさんの後ろから、今度はおじさんが出てきた。
お客がこの場にいなくて良かったな〜、オリーヴって感情的だから…乱闘になるかもだし……。
「サクラ様よ、連れて来なさい」
そう広くはない店内で――これだけオリーヴが騒いでいるのに…気配に敏感なサクラが自分達に気付かない筈がない。
ここまで追ってきたのだから、サクラも逃げたりしないだろう。
――なら…何故姿を現さない?
コンラッドもグウェンダルも、オリーヴと店の連中のやり取りに冷静に分析し――オリーヴもその事に気付いたのだろう、三人は互いに目配せさせた。
今、この建物の中にはサクラはいない。
「……サクラ様を何処にやったの、返答によっては斬り捨てるわよ」
「オリーヴ」
「何よ、ウェラー卿ッ!コイツらの肩を持つ気?――明らかにサクラ様を売ってるじゃない!許せないわッ」
「…――ぇ…」
声を荒げたオリーヴの言葉におれは、目を見開いた。
――こんな人の良さそうな人達が…サクラを売った……?
信じられなくて、コンラッドやグウェンダル、ヴォルフラムを見たけど――…全員そう判断したみたいで、確固たる眼差しを店員二人に向けている。
「そうじゃない。四日間はサクラを保護してくれていた事には変わりない。――…売ったとしても、だ。それに――…」
コンラッドはチラっとおれを一瞥して、オリーヴに視線を戻した。
――心優しい陛下の前では斬れないだろう。コンラッドは、言いたいことを音にせず視線で彼女に伝えた。
コンラッドの言いたい事が判ったオリーヴは、ユーリを見て、コンラッドに視線を戻し舌打ちした。
おれは何が言いたいのか判らず小首を傾げる。
オリーヴを止めたコンラッドだったが――…サクラを売った事実に――まだ明確にそうだと決まったわけじゃないが、疑惑が浮かんだだけでも、目の前にたたずむ夫婦を許せなかった。
サクラはコンラッドの愛しい人なのだ。サクラの正体を知らなかったなどと、言い訳すら聞きたくない。許せる訳がないのだから。
オリーヴと同じように――…否、それ以上に、コンラッドは殺気を込めて、二人を見据えた。
「――もう一度聞きます。サクラを何処にやった?」
その鋭い視線は――さながら戦場に降り立った獅子の様だった――…と、のちにヴォルフラムはサクラに語る事になる。
ユーリ陛下に仕えるフォンヴォルテール卿に、会話から判った陛下の護衛である、魔族の憧れであるウェラー卿、そして――…漆黒の姫に絶対の忠誠を誓っている事で有名なブレット卿オリーヴ。
オリーヴと呼ばれていたから…彼女はブレット卿オリーヴだろう。
するとオリーヴが先ほどから連呼している“サクラ様”とは――…漆黒の姫の事で―――…
そこまで思案していたシメジは、驚きで目を見開いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、さっきから言ってるサクラって、まさか……」
震える声を出したシメジに続いて、エノキの顔も驚愕に染まった。
「…――で、サクラは何処に?」
低く固い声で、最早脅すに近い声音と冷たい空気を纏ったコンラッドのその言葉は―――…二人に死刑宣告を言い放たれた錯覚をもたらした。
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