戻った記憶の中には
どう、表現したらいいのか分からないが、今までどこかに封じ込められていた記憶が、ドッと流れ込んでくる。
その中には、楽しい本当に幸せな記憶もあった。
でも、それをかき消してしまうくらい、暗い、闇の記憶がある。
その中には、夢で見た、あの、血塗れた記憶も。
このとき、私は気づいた。
あの夢は、頭の奥底に残っていた私の記憶なんだって。
そして、それが取り戻されて、全てを理解した。
私は、普通の人間じゃない。
ある、一つの目的の為に、人間であることを捨てた。
それが分かった時、本当に後悔したんだ。
どうして、あの時記憶を消したんだろうって。
記憶を消さなければ、こんな思いをすることもなかったんだって。
思いは人を惑わせる。だってほら、あの時決死の思い出決断した一番大事な誓いさえ覆そうと考える自分がどこかにいる。
平穏な時に身を投げ出して、平穏な感情を身に着けて、私は自分でも驚くほどに人間臭くなっていたらしい。
しかし落ち着いて、状況を分析している心とは裏腹に、体は全てを拒絶している。
今、起こっていることが分からない、そんな様子で。
パリンと、ガラスを割ったような音がして心の奥底から黒い何かが顔をのぞかせる。
それは、いつも見ていた夢の中で、夢の中の私に入り込んだ闇。
闇は、あの気味の悪い声で呟いた。
――――逃げるのももう終わりだなぁ…
その一言で、私の中の何かが壊れる。
その場に膝をつき、頭を抱えて髪の毛を掻き毟る。
「…ぁあああああああああああああああああ!!!!」
気がつけば、叫び声をあげていた。
喉の奥から絞り出すようなその声は、やっと、グラウンドに居る者たちに私の存在を知らしめる。
驚いて、目を見開いたツナ、獄寺、山本。ううん、それだけじゃない。その場に居る全員が、私の存在を異端のものを見るような目で凝視している。
「ぐっ・・・ぁ・・・あ」
声ともならない声を発し続けていた私は、ようやくフラフラと立ち上がる。
苦しんでいる暇はない。戻った記憶との葛藤をしている暇もない。
ふと視線を走らせれば視界に映る黒髪の男。赤い瞳を持ち、くすぶる憎悪を隠そうともしないその姿はあの男を思い起こさせた。
そして、倒れる男の命が消え入りそうになっていることに気が付いた時には私の心はもう既に決まっていた。消すわけにはいかない。
この男は、あいつと同じ空気をまとっている。とても強い、強者の空気。こんなところで潰えさせるなんてそんなことさせるわけにはいかない。
男を救う。
そう決め、闇に「出てくるな」と心の中でそう告げれば面白そうだから見ていると、本当に愉快そうな声で返された。
驚いたまま、固まってしまったのかツナ達は反応を見せない。
まぁ・・・皆、驚くよね、そりゃ。
只の一般人がここにいれば。でも、私は違うんだな。
よろめきながら、私は何かに引き寄せられるように、中心に居る黒髪の男の方に歩み寄る。
そこで、ハッと慌てたツナが叫ぶ
「ラピスちゃん!危ないよ!!」
でも、疲労からか叫ぶまでには至らなかった声が、かすれて私の元へと届く。
私は、止まらない。
ピンク色の髪。黒い仮面。見るからに怪しい女たちを一瞥して、私は黒髪の男の傍らにしゃがみこむ。
「んだ・・・テメェ」
もうすでに、体力なんて残っていないだろう。
それなのに、私を睨みつけて殺気を放つ。
「立派なもんだね・・・そんなになってまで、意識を保ち続けるなんて」
あいつも、負けても負けても私につっかかってきて……本当によく似てる。ポツリ、と呟くとその男の顔の上に手の平をかざす。
「お待ちください。何をなさるつもりですか」
慌てたピンクの髪の女が聞いてくるから、視線も何も動かさず言葉だけで答える。
「・・・・・・殺すには、惜しい人間だよ」
本当にそう思う。ボンゴレが今のように裏社会において絶大な権力を有するようになったのも、こういう人間の力あってこそだったのだから。
あいつも理不尽なところはあったけど、誰よりも強かった。それは、一番近くで見ていた私がよく知っている。
私の言葉にピクリと、周りの空気が張り詰める。
すると、しかめっ面をした黒いスーツを着た赤ん坊がこちらにやってきて、私に銃を向ける。
「それは、お前が決める事じゃねぇだろう。大体、ツナ達はこいつに殺されかけたんだ」
厳しい声でそう言うと、ツナの方に目を向ける。
ツナは、目を見開いたまま、動けずにこちらを見る。動ける体力が残っていたのなら真っ先に駆け出してきていただろう。
そういう、目をしていた。
「ラピスちゃん・・・ラピスちゃんは、マフィアなの・・・?」
ツナが、恐る恐る聞いてくる。
その目は本当に、信じられないものを見ているようで。
・・・そんな顔しないでよ、ツナ。私だって、今の今まで知らなかったんだから。
でも、知ってしまった以上、私は私の役目を果たさなければいけないの。
「そうだよ。もう、百年以上前からね・・・」
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