初恋の魅力は、この恋がいつかは終わるということを知らないことだ
「ちゃんと一発で終わらせてね」
「俺を誰だと思ってんの?そんなヘマするわけないじゃん」
「ホテルの給湯器の使い方、間違えてたのは誰だったかな」
「アレはちょっと酔ってたんで」
「また凄い嘘だね。君、僕の前で酒なんて飲んだことなかったくせに」
軽口は途切れない。途切らせたら終わりだとわかっている。
まるで終わらせたくないみたいだった。おかしなものだ。
「恭弥はどうせ酒癖悪いんだろ?」
「どうしたらそう勝手な決めつけができるわけ?根拠をあげなよ」
「いや普段から素行が横暴だし、酒入ったら余計に傍若無人かなあと」
「人の日頃の行い見てから言いなよ」
「いや丁重な観察と吟味の結果ですけど」
どうしてこの人を好きになってしまったんだろう。
ふとそう思った。別に彼じゃなくてもよかったはずだ。
銃口の先で、黒いスーツに身を包んだ相手が平然と銃をかまえている。これから命を捨てる人間とは思えない表情だ。
多分、理屈じゃないのだ。
不意にわかった。理由とかきっかけとか、そういう話じゃない。きっと関係ない。
結局、好きになってしまったから好きなのだ。冷静に語れたならそれは「好き」にはならない。
「結局君を咬み殺せなかったな」
「残念でした、また次の世で」
「次また会えるとは限らないだろ」
「なに恭弥、生まれ変わりとか信じてる人?」
「君は違うの」
「いや深く考えたこと無いけど、そもそも次人間に生まれるかもわからないじゃん」
「人間じゃなければ何」
「アメーバとか」
「アメーバ」
雲雀が心底嫌そうな目付きをした。
「アメーバになった君ね」
「きっと小さくて可愛いよ」
「嫌だ。アメーバとか、絶対に」
「なんで。アメーバにトラウマでもあんの」
ここまで拒否られるアメーバが可哀想すぎる。彼らだって頑張って生きているだろうに。
「アメーバじゃ困るだろ」
「は?なんで困るの」
とてつもなく歩みののろいカメでも見るような目をされた。それくらい察しろ、みたいな。
「アメーバじゃセックスできない」
一瞬、本当に素で雲雀を見た。
聞き間違いか。
「……セックス?」
「できないだろ。単細胞生物じゃ」
好きになる人を間違えた。そう思った。
「……セックスってそんな重要?」
「重要だろ」
雲雀は世界の真理でも語るように、きっぱり言った。
「好きな人間の1番近くまで近付けるんだから」
10年前、恋をした。
それまで得たことのない感情だった。どうしたらいいかなんてわからなかった。
ただ、そばにいたいと思った。屋上で、応接室で笑う、この人の隣に。
20の時、なぜ雲雀に抱かれたのだろう。
言葉も、何の理由もなく雲雀に抱かれた。確か任務先で出くわしたのだ。そこから何をどうして同じベッドに入ったのか。さっぱりわからない。
雲雀も何も言わなかった。ただ、噛み痕だけを残した。露骨で深い傷痕を。
その数日後、ボンゴレを裏切ろうとディーノに言った。
「単細胞の方が幸せかもよ。同じ体から同じように生まれてくることができるし」
「君、僕とおんなじ体になりたいの?」
何とも言えない気分になった。
いちいち発言が意味深すぎるのがよくない。深読みはしない方がいいのだろう。
「それは嫌だな」
「同感だね。僕も嫌だよ」
とてもこれから心中しようとしている人間の会話じゃない。そう思う。
恋愛は1人じゃできない。2人いて初めて成立する。
ついでに言うなら同性間では意味がない。だって子供は孕めない。なんて無意味な生産性。
だから、恋なんかじゃなかった。こんなの。
『それを恋と呼ばずに、一体何と呼ぶんです?』
そう言った男の顔が浮かんだ。殺してさしあげましょうかと続けた男だ。
恋。これも、恋なのだろうか。
10年、引きずりに引きずり続けてすり減った、こんなものも。
「合図は何がいい?」
引き金に指をかけ直す。雲雀の顔から感情の一切が消えた。
どんなものにも終わりはある。終わらないなら終わらせないといけない。
「……古典的なとこだとせーの、だろうね」
「恭弥の冗談がこんなに面白いと思ったの、人生初かも」
「なら良い代案を出しなよ」
「いっせーの、せ」
「何が違うの?五十歩百歩じゃないか」
ジャリ。踏み直した足下で音がする。
「やっぱ、せーの、にしよう。それがいい」
「人にはさんざん言ったくせに」
「スリー、ツー、ワン、とかカッコつけてみる?」
「君のかっこつけるの定義がわからない」
わからないことばかりだった。互いの心も、感情も。
「じゃあ、俺が言うから」
「何言ってんの?ここは僕でしょ」
「ははん、さてはスリー、ツー、ワンが意外と気に入ったんだな恭弥?」
「何言ってるの?理解できない」
別に年越しのカウントダウンとかじゃないのだが。
人生で1番重要な合図をしようというそこに、この男は平然と権利を主張してくる。
「……わかったよ。俺が言えばいいんだろ?」
「遂に言語機能が幼児化したの?文法が間違ってるんだけど」
「最後のワガママだと思ってよ」
雲雀の瞳が苦く歪んだ。
「最初で最後の、ね」
これは恋なんかじゃなかった。
恋と呼ぶには汚すぎる。いびつにねじくれたこんな想いを、恋と呼んで良いわけがない。
一度も好きだと言わなかった相手と心中だなんて、まるで。
「……いくよ」
「うん」
これは、恋なんかじゃなかった。きっと。
「せー、」
全ての音が、止まった。