呑み込んだ背徳
■ ■ ■
「……雨、止まないな」
「ここらへんの時節なんだって。下手したら1週間くらい、このままかも、だってさ」
「……そうなのか」
「ファイ経由だから、間違いはないと思う。……浮かない顔だな、小狼」
「……できることなら早く、探しに行きたいんだ」
激しい雨音が、古いガラスをガタガタと揺らす。
時計は昼を差しているのに、外は不吉なほどに真っ暗だった。その最中を、一筋の雷電が切り裂き落ちる。
「……雷、落ちた」
「そうだな」
「まだ出て行かない方が良いよ。……あの雷は自然のものじゃなくて、悪魔の物らしいから」
「……それも、あの神父経由か?」
「ん、まあ。あの雷に当てられたら、死ぬんじゃなくて、悪魔の手下になっちゃうんだって。ファイが言ってた」
「……本当か?」
「さあ。なんでも、悪魔は天使から盗んだ羽根を使って、そんな悪質な魔術を使ってるんだって、最近もっぱらのウワサ」
「……羽根?」
きらり、小狼の瞳が光った。
ノザはきょとん、として、並んで座る小狼の顔を見つめ返す。
「うん。羽根」
「……そうか」
おもむろに小狼が立ち上がった。そのまま、膝に掛けていたローブを無造作にはおる。
「え?小狼?」
「……ありがとう、ノザ。良い事を教えてもらった」
「?何の話だ?」
「いや」
そこで、ふと小狼がこちらを見下ろした。
椅子に座ったまま、ぽかんと見上げるノザを見つめ、不意に腰をかがめる。
一瞬、空白があった。
「……へ。……は、はあっ?!」
「何か」
「な、なにかって……!!何いきなりキスとかしてんだよ小狼!」
「お礼だ」
「おっ……?!いやわかんない、全然わっかんない!」
くすり。楽しげに口元を緩めた小狼が、くるりと背を向ける。
その背中を覆うローブが、ばさりと翻った。
「ちょっ、小狼!!説明してけってのー!」
「ノザ?どうしたんだ?」
「!か、神威……!」
「……何を赤くなっている」
「え、ええと、これはその……」
背後、言いよどむ声が遠くなっていく。
階段を上りその場から離れて、小狼は小さく息を吐いた。
片割れのいるであろう部屋の前に立って、ひとこと呟く。
「……すまない。ノザ」
――まだ、出て行かない方が良いよ。
「……お前の言いつけは、守れそうにない」
パタン。静かな音を立てて、扉は閉まった。