ゆるゆるとした世界
■ ■ ■
「モッコナっのごっはんはせっかいいちー!」
「ほんとほんと、その通りだよなあ。これとかほんっと、最高」
ずらっと皿の並べられた一番端、机の僅かに空いた空間に足の先っぽだけを付けて、くるくる踊る白い珍獣。
ふわふわの白いフリルエプロンを付け、自作の歌に合わせてくるくると回る愛らしい様子に、ノザはうんうん、ととろけきった笑みを向けた。
彼の前、長机に並ぶは湯気を立てて(サラダやデザートといった一部を除き)輝く料理。
比喩ではなく本当に輝いているのだ。卵の黄色と菜の緑と果物の赤と、それから可憐なミモザの花びらで飾られたそれらは、少なくともノザの目には、間違いなく光って見えた。
「モコナの手料理食べるようになって1週間ぐらいだけど、ほんっと美味しすぎてたまんない。毎回ほっぺ落ちそーだもん、俺」
「ふふ、そう言ってもらえるとモコナうれしい!ノザは、今日は体調だいじょうぶ?」
「うん。大丈夫、すこぶる元気。モコナの手料理、毎日食べてるおかげかな」
「うふふー」
フォークでサラダをすくい、口に運んだノザが途端にうっとりした顔になる。モコナはそんな彼の表情を見て、ますます嬉しそうに跳ねだした。
「ねえねえモコナ、ノザにずっと教会にいて欲しいな!ノザに褒めてもらえるの、うれしいもん!」
「そーだなあ、俺も毎日モコナの絶品料理が食べられるんなら、ずっとここにいてもいいかもなあ」
「……オレも毎晩作ってるんだけど、ねー」
「!」とノザが大きく目を開くその背後、にゅっと伸びた2本の腕が、完全に油断していた彼の首を引き寄せた。
音もなく現れた金髪の男は、厳かな黒い司祭服におおよそ似会わない、へにゃっとした笑顔を浮かべている。
「ファイ!」
「晩ご飯はオレの手作りでしょー?オレのご飯が毎晩食べたい、とは言ってくれないの?」
「や、ファイの作るご飯も美味しいけど……て近い、今俺食事中だから、ファイ!」
ぎゅうぎゅう首に抱きつく神父に、フォークを持ったままのノザは暴れ出す。
モコナはその様子を楽しそうに眺めていたが、ふと後ろを見ると「あ」とかわいらしい声をあげた。
「っ、ほんと離れろって、俺はご飯が食べたいんだよ!」
「じゃあご飯が終わったらいい?」
「駄目に決まっているだろう」
げしっ、という効果音とともに、ファイの頭に蹴りが決まった。
「神威と昴流ー!おそいよー!」
「ごめんね、モコナ。遅くなっちゃって」
「おはよう、2人ともー。で、神威君、どうしてオレは君のクリティカルヒットを頭に受けてるのかなー」
「ノザにべたべた触るな」
「そこは僕も同感かな」
ぴきっ、とこめかみあたりで不穏な音を立てた神威が、ゆらり、殺気混じりに足を下ろす。隣でモコナに申し訳なさそうに謝っていた昴流も、ニッコリと意味深な笑顔をファイへと向けた。
「ちょっ、神威!おま、仮にも部屋貸してくれてる神父様になんてことを……!」
「ノザ、お前は油断が過ぎる。少しは人を疑うということを覚えろ」
「部屋と食事には感謝してますけど、ノザに手を出すなら話は別です」
「いやいやだめだって。ごめんファイ、2人とも家族愛が強すぎるだけなんだ、悪意はないんだって」
「家族愛、かー」
神威の一撃からなんとか立ち直り、朗らかに笑ったファイは、さながら威嚇するかのように睨む神威と冷たく微笑む昴流へ目を向け、んー、と頬をかく。
「確かにノザは、もうちょっと人を疑うってことを覚えた方がいいかもしれないねー」
「えっ?!なんでファイまで俺の事けなして、」
「まあまあとりあえず、お2人さんも冷めちゃうから食べて食べてー」
騒ぐノザをスルーして、ファイは笑顔でどうぞどうぞと椅子をすすめる。
昴流が一礼して席に着くと、神威もぶすっとした顔のまま、しぶしぶ椅子に腰掛けた。
「今日はお客さんが来る予定なんだけど、気にしないでねー」
「……客?」
食事前の祈りを捧げようとしていた神威が、眉をひそめる(もちろん習慣ではなく、この教会に泊めさせてもらってから始めたことだ。こういうところ、彼は妙に律儀だったりするからノザはおかしくて仕方ない)。
「うん。真っ黒のお客さん」
「他の所の神父さんか?」
「ううんー」
黒、という言葉から司祭服をイメージしたのだろう。首をかしげてトーストにかじりついたノザに、ファイは緩く笑って首を横に振った。
「ちょーっとこわいけど、ほんとはやさしーツンデレっ子、なお兄さん」
「「……?」」
昴流とノザが、同時に首を斜めにかたむけた。