教会のミモザ | ナノ



夢とうつつ

■ ■ ■


 吸血鬼だって夢を見る。それは人間と同じことだ。
 だから昴流も時々、夢を見る。それはよくある意味の分からない展開続きのものだったり、悪夢だったりした。
 そして、今昴流が夢見ているのは、もう何年も前の記憶だった。


『……昴流、駄目だ。お前1人で、逃げろ』
『そんなこと……!神威、いっしょに、』
『駄目だ。魔術が解けない、このままだと人間に』

 黒い瞳が交錯する。鋭く凍てついたような神威の目に、潤んだ自分の瞳が映っていた。

『……やっぱり駄目だよ、神威。僕も協力するから、いっしょに次の世界へ行くんだ』
『!やめろ昴流、このままだとお前まで……!』

 神威の声を無視して、昴流は膝を折り地面に手をつく。そこには、神威の両足に絡みつき発光する、複雑で奇怪な魔法印。

『……まさか僕らの正体がバレるだなんて』
『この世界では、吸血鬼の存在は人間にとって天敵らしい。馬鹿げたことだ』
『ほんとに……こんな悪質な魔術を使ってまで捕らえようだなんて、』

 言葉を交わす2人の背後で、近付く足音がいくつも響く。
 一瞬、昴流は固まったが、すぐさまもう一度魔術の解除へと取り掛かった。

『昴流!』
『静かにして、神威。いざとなったら……』
『――ねえ』

 神威の声が頭上から降る。片割れにしては珍しい、焦燥に満ちた鋭い声。
 だが昴流がそれに答える前に、背後に立った何者かが声をかけた。

『!』『しまっ……』

 とっさに振り返る。それが誰だとかどんな容姿だとかを認識する前に、真っ先に目に飛び込んだ、白い首へと両手をすばやく伸ばしていた。
 やられる。その前に、こちらから。

 唾を呑み込み、覚悟を決めた自分の前で――しかし捕らえ、地面へ叩きつけた相手は、予想以上に小さく、殺意の無い瞳をしていた。

『……え?』
『けほっ、かはッ……ちょ、力、強す、ぎ』

 目を開く。混乱したまま見つめれば、乱暴に捻じ伏せられ痛みに顔をしかめた相手が、口を開いた。

『くるしい、って。俺、丸腰。わかるでしょ?』
『昴流、騙されるな。魔術が使えるかもしれない』

 未だ動揺が収まらない昴流の背後で、身動きの取れない神威が鋭く言い放つ。
 
『そりゃ、魔術は使える、けど、けほっ……じゃなくて、早くしないと。魔術、解いてやるから、ちょっと力、緩めてよ。けほ、く、るし』
『……え?』
『聞こえなかった、のか?助けてやる、って言ってんの』

 昴流は呆然と、ただ少年を見下ろしていた。――助ける?

『ほら、大人たちが来る前に。早く、しないと。けほっ』

 昴流は、手の力を抜いた。首を解放し、少年に手を差し伸べる。
 後ろで神威が焦ったような声をあげていたが、昴流は聞いてもいなかった。

 彼の目は、驚くほどに綺麗だった。思わず手を放してしまうほどに、それは。
 
 首を絞められる格好で、呼吸もままならないはずなのに。
 彼の青い瞳はその時確かに、凛とした光を宿していたのだ。





「――昴流」

 目を開ける。
 ほぼゼロ距離、焦点が合わないくらいの位置にぼんやり、青い色が浮かんでいるのを見て――昴流は、思わずため息をついた。

「……ノザ。近い」
「ん、そう?ごめん」

 だって、昴流がなかなか起きないからさ。そう言ってあっさり身を起こし笑う、ノザの髪へと手を伸ばす。
 そのまま、ベッドから半分だけ抜け出て金色の髪に2、3度、指を通した。何、昴流、と彼はくすぐったそうに身をすくめる。

「……もう、朝食の時間?」
「うん。モコナが、腕によりをかけて作ったって」

 とれたて新鮮野菜入りのサラダもあるって、そう言いノザが軽やかにベッドの端から立ち上がれば、途端、するりと手触りの良い髪は昴流の指先から零れ落ちてしまう。
 それが少しだけ寂しくて、昴流はノザ、と小さく名前を呼んだ。

「ん、何?昴流」
「……こっち、来て」
「ええ?」

 今日の昴流はねぼすけさんかな。ちょっとからかうようにそう言って、未だベッドから上半身を起こしただけの昴流の横へ、ぎしりとノザが腰掛ける。
 ん?と優しく微笑む彼の頬に、昴流はそっと手を添えた。触れるか触れないか、ぎりぎりの距離。

「……どしたの、昴流。今朝はほんとに――」

 何か言いかけたノザがこちらの顔を覗き込んだ、その一瞬気が緩んだのを利用して、昴流は強引に頬を引き寄せてやった。



「……ん、んん、ちょっ、」
「駄目、だった?」
「え、いや、だめ、じゃない、けど」
「なら、もういっかい」
「は?え、ちょっ、それとこれとは別のはな――」
「おい」

 ぱこんっ。
 再度、慌てふためくノザの頬を引き寄せたところで、頭を軽くはたかれる。

「……神威」
「神威!」
「……何してるんだ。朝っぱらから」

 途端、じとっとした目になる昴流と、助かった、とほっと息をつくノザ。
 ベッドサイドでくっつく2人をべりっと引きはがし、神威はやや眉根を寄せて口を開いた。

「……昴流。欲情するな。抑えろ」
「よっ……、いやいや神威、これは昴流も別にそーいうわけじゃないって。家族、みたいな」
「家族は舌を入れたりしない」
「しっ、って、そんな細かい描写はいいっての!ワザとか神威?!」

 真顔で淡々と言う神威に、ノザが真っ赤な顔で反論する。
 昴流はむう、と不服そうな顔のまま、しぶしぶといった様子でやっとベッドから抜け出した。

「もうちょっとノザといちゃいちゃしてたかったのに」
「いちゃいちゃ、って、お前もそこ神威の発言にのんなくていーから昴流!ってか早くしないとモコナが怒っちゃう!『朝ごはん冷めちゃうぞー』って」
「……今の、モコナの声真似?」
「……まねたのか?」
「え?そうだけど?」
「「似てない」」
「だーっ!うるっせえな、悪かったっての!!」

 どーせ声真似の才能なんてないですよ、とかなんとかぼやきながら、ノザがドアを開け去って行く。パタン、とドアが閉まる寸前、揺れる金髪が完全に消えるまで見届けて、それから神威と昴流はぱっと互いに顔を見合わせた。

「……神威、もうちょっとほっといてくれればよかったのに。わざとでしょ」
「……昴流、俺がいない時を狙って手を出すな」
「すんごいかわいかったよ。朝起きたらノザのどアップ」
「……別に羨ましいなんて言ってない」
「だから、ついキスしちゃった。すぐ赤くなるのもまたかわいくて」
「だが、一向に意識されてない。家族、だと」
「……うー、なんでかなあ。僕、わりとアタックしてるつもり、なんだけど……」

 頭を抱えてうう、とうなだれる昴流を見、神威はこれ以上なく同情のこもった視線を向けてやった。



(「昴流―!神威―!ご飯いいのか?片しちゃうぞー!」
「い、今行くー!」
「……食べる」)






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