涙目でまた
■ ■ ■
「……ファイ」
「あーあ、なんて顔してるの。……大丈夫だよ、オレは」
ノザが助けてくれたんでしょ?そう言い傍らに座る彼の頭へ、手を伸ばす。
だがそれは少しだけ届かなくて、そして届かせようと少しだけ体を伸ばすには、傷口が邪魔をした。
いや、片目になって、距離感が掴めなくなったせいか。
「ファイ……」
「そんな泣かないでって。ホラ、いつものノザみたいに、バカやってよ」
「誰、っ、がバカだ、ふ、ざけ……」
「あー……」
慰めるどころか、ますます泣かせてしまう。
困ったなあとファイは苦笑した。ノザにこうして珍しく(というよりほぼ初めて)泣き顔を見せられると、ちょっと嬉しいものがある、などといっては不謹慎か。
「……だって、俺を庇ったせいで」
「違うよ」
「そうだろ、俺を庇わなきゃ、ファイは左目――」
「永遠に治らないってワケじゃないし。神父の務めに影響はないしね」
だから、もう泣かないで。
そう言って今度こそ頭を撫でれば、途端にノザは顔をぐしゃぐしゃにした。
あーあ、とファイは笑みを深める。できればキスして元気づけてあげたいなあ、なんて。
「それに、ね」
ちらり、ベッドの横のテーブルへ視線をやって、ファイが口を開く。
「神威君がくれた薬もあるし」
「……くれぐれも、それ飲むなよ」
「わかってるよー。オレそんなバカじゃないから」
テーブルの上、真紅色で満たされた小さな小瓶に、ノザがぼそっと呟く。ファイは微笑みながら返事をした。
「毎日、ミモザの葉を浸したものを包帯にくるんで傷口へ。吸血鬼の血が、傷の治りを早くしてくれるんだってね」
「……神父なのに、吸血鬼の血とか、いいの」
「怪物も人もおんなじだよ。悪と善は、ちゃんと見分けなくちゃ」
ね、と見上げたファイに、ノザはぐしぐし鼻を鳴らす。
「……意外、だった」
「?……何が?」
「神威が、自分から吸血鬼だってバラしたことも、だけど。……貴重な血を、自らあげるだなんて」
「そうだよねー、オレも不思議。むしろオレ、ノザを危険な目に遭わせてって、殴られるかと思ったんだけど」
「それはないよ」
「そう?」
神威はそんな嫌な奴じゃないよ。そう言ったノザの顔が、ほんの少し緩まる。
その表情に、ファイはちょっとだけ笑みを引っ込めた。大人げないのは重々承知しているが、この子はあの双子のこととなると、本当にすぐ表情が和らぐんだから。
「シャオラン君たちは?」
「シャオランは隣で寝てる。もう大丈夫だって。小狼は、シャオランから受けた傷を黒鋼に見てもらってる」
「そっか……」
「……小狼、すごく苦しそうな顔だった」
ファイは、ぽつりと呟くノザの顔を見つめる。
「申し訳なさそう」とか「謝ってた」とかでなく、「苦しい」で形容するあたり、彼が小狼のことをどう思っているかが、よくわかる。
そして、ファイにどう思ってほしいのかも。
「……うん。そっか」
「ファイ」
「ん?」
「……俺、最後にファイとシャオラン助けたくて、魔術使ったんだ」
「うん」
おぼろげな記憶はあった。激痛に翻弄されながらの中だったが。
「……その時なんて言ったのか、全然思い出せなかったんだけど……さっき、急に思い出せたんだ」
「……?」
青い瞳が、凛とした光をたたえてこちらを見据えた。
「『俺から大事な人を奪うな』って」
2、3回、瞬きをして。
それから、ファイは口元を緩めた。
「……その願いが、魔術になって、悪魔からオレ達を救ってくれたんだね」
「すごい、疲れたけど。……でも良かった」
大切な人達を、守れたから。
そう言い、晴れやかに笑うノザに、ファイも微笑み返す。
外はいつの間にか雨も雷も消え去って、ただ澄み切った青空が広がっていた。