望まぬ路程
■ ■ ■
雨は冷たく、そして容赦なかった。
次々に衣服に浸み込み、皮膚感覚を麻痺させていくそれに、しかしファイは笑みを絶やさない。
「ノザ、大丈夫ー?」
「俺は平気。ファイこそ、ローブびしょぬれじゃん」
「オレはいいんだよ。でもノザは、体弱いんでしょ?」
「……なんで知ってんの」
「そもそもオレの教会に転がりこんできたの、死にそうなノザを神威君たちが連れてきたのが発端だったじゃない」
「……あー、そうだ。俺ってバカ?」
「うんバカー。あ、あとすっごい鈍いなあ、とも」
「はあ?!誰がだオイ」
気に食わなさそうにノザが噛み付く。視界の悪い暗がりの中、ノザと並んで森を駆け抜けながら、ファイはふふっ、と笑みを零した。
「?どした、ファイ」
「ううん。……ノザに逢えて、オレ良かったなー、って」
「は?意味わかんね」
てかそれよりシャオラン達をちゃんと探せよ、そう言い、ぷいっと横を向いた顔が赤くなっているのを見て、ファイは余計にクスクス笑いが止まらなくなった。
「……今更ながら言うけどさ、」
「……何」
「オレ、きっとノザのこと――」
バリバリバリッ!!
――突如、けたたましい爆発音が響いた。
「……ッ?!、なに、が」
「ノザ!無事?!」
「あ、ファイ……?」
とっさに耳を押さえてうずくまっていれば、少しずつ聴覚が戻ってくる。
肩で息をしながら顔を上げれば、頭上を覆う青の瞳。
「良かった。無事だったみたいだね」
「……何の、音だったんだ。アレ」
「雷がすぐ側に落ちたみたい。でも、とりあえず大丈夫」
ノザを安心させるためだろう、言い聞かすかのような言葉とともに、頭を優しく撫でられる。
明らかな子供扱いは正直気に食わなかったが、ノザは甘んじてそれを受け入れた。雨粒が頬を横殴りに叩きつける中で、ファイの手は温かく心地良い。
「……これは、2人を探し出すのは諦めた方がいいかもね。下手に魔術使って、森の怪物に見つかっても困るし」
「……そうだな」
シャオラン達が心配だったが、二次災害になっては仕方ない。それに、この地に長年住むファイが言うのなら従うべきだろう。
雷の予想外の威力に、正直不安と不気味さを覚え始めてもいた。
「ほら、戻ろうか。ノザ」
「……うん」
ひょい、差し伸ばされた手を、神威や昴流の手と変わらない気持ちでぎゅっと握る。いつの間にやら、随分気を許していたらしい。
そのまま、立ち上がらせてもらおうと足に力を入れ、そこで――。
「?!、ファイ!!」
「え?」
ファイの目が大きく見開かれる。その肩越しに、ノザは剣を振り下ろそうとする影を見た。
真っ暗な空を背景に、一気に迫り来る長剣。
それは、ただまっすぐに、ファイの背中へと――。
「ファイっ!!」
「?!」
思いっきり突き飛ばす。不意を突かれたファイはよろめき、どさっと地に腰をついた。
ほぼ同時、ノザの頬を何かが掠めた。一瞬遅れて、鋭い痛みが頬を走る。
ぱっくり、傷口が開いた感覚がして、生温い血がつうっと伝った。
「……誰だ、怪物か?それとも悪魔か?」
キッと睨みを効かせて、目の前の顔を見上げる。
ノザの耳の真横、地面に剣を突き刺し、こちらを無表情に見下ろす相手。
その時、ピカッと地が震え――目前に佇む人物の顔が、雷光にはっきり照らされた。
茶色の髪、深い焦茶の瞳、そしてなんの感情も浮かんでいない、見覚えのある顔――。
「……は?」
息を呑む。呆然としたまま、相手が地面から剣を引き抜くのを見つめていた。
ぎらり、ノザの真横で刃が煌めく。鋭く、冷たい輝き。
ゆっくり、そして着実に相手が剣を構え直すのをわかっていながら、しかしノザは動けなかった。
頭の中を、ほんの少し前に告げた言葉がぐるぐる回る。
――あの雷に当てられたら、死ぬんじゃなくて、悪魔の手下になっちゃうんだって。
「……うそ、だろ……?」
呟く。開きっぱなしの唇から、冷たい雨粒が次々と入り込む。
だが、喉は一向に潤わなかった。カラカラの喉で喘ぎ喘ぎ、ノザはやっとの思いで声を絞り出す。
「……シャオラン……?」
次の瞬間、ノザの胸元へ真っ直ぐ剣が振り下ろされた。