まだ間に合う一歩
■ ■ ■
空はどこまでも青かった。
空だけは何も変わらないんだなと考えて、馬鹿みたいだと由紀は笑った。
歩き慣れた大通りはすっかり春の陽気に誘われて、びっくりするほど暖かだった。
道の両脇に植えられた、桜の大木も美しい。薄桃色に彩られた、その枝は去年も見た光景だった。
手首の端末を見る。時刻にはまだもう少し、余裕がある。
今頃、紫苑とネズミは入学式かな。ふと思い浮かんでしまって、やりきれなくなる。
馬鹿だな、ほんと。
春の前、冬の終わりに喧嘩して(というより一方的にキレられて)、それ以来ネズミとは口をきかなかった。どこかでばったり会うこともなく、元に戻るきっかけも掴めないまま。
紫苑とは相変わらずだったけれど、由紀からなんとなく避けるようになった。自分が被験体になることについて、あまりこころよく思われていないのをわかっていたからというのもあったし、やはり辛かった。1年会えなくなるのだ。次会った時には、お互いどうなっているのかわからない。
いや、もしかしたら会えないかもしれない。
空を見上げる。はらはらと桜の花びらが舞う、その頭上で広がる青色は綺麗だった。
春か、と呟いて、来年もこの景色が見られるのだろうかと思案する。
母親が死んで、泣く暇もなく生活に追われる身となって。
NO.6は弱者にそう優しくない。否、一見優しいように見せかけていてそうではない。それは、母親を失って由紀が初めて知った事実だった。
手続きに行っても相談をしても、生活は改善されなかった。補助も支援も足りないのだ。紫苑と火藍がいなければ、どうなっていたかわからない。
その折、端末に舞い込んだ市の公募は――もしかしたら、必然的にそうなるよう仕組まれた、悪魔の誘いだったのか。
「……冷たい都市だ」
ぽつり、呟いた自分の横を、小さな子供が数人、駆けていった。
楽しそうな笑い声が遠ざかる。自分もあれくらいの時には、まだ何も知らなかった。
「……やっぱり、最後に仲直りしておけば良かったな」
自分が何かした覚えはない。だから謝る理由なんてない。そんなちっぽけなプライドと勇気のなさが邪魔をして、結局ネズミとはそのままだ。和解できなかった。
馬鹿みたい、じゃない。馬鹿だ。
不意に泣きたくなった。鼻の奥がつんとして、喉が熱くなる。
1人だ。1人で、このまま行くのだ。1年、ひとりきりで生きていく。
紫苑も、ネズミもいない世界で。
「「ーー由紀!!」」
背後、足音とともにそんな二重の叫びが聞こえたのは、その瞬間だった。