とある都市の崩壊計画 | ナノ



彼の憂鬱

■ ■ ■


 俺、被験体になるんだ。

 そう告げれば仲の良いクラスメートは、揃って驚いた顔をした。
 それでも「やめろ」とは言わないのだから、彼らは自分の事をよくわかっている。



「……で、用意はできたわけ」
「うん。春になったら自動的に家は解約されるし、学校はこのまんま卒業だし」

 ふうん。懇切丁寧に説明してやったのに、前でシャーペンをくるくるともてあそぶネズミは、大して興味の無さそうな返事を返す。じゃあ聞くなよと、由紀は毒づこうとして、やめた。一緒にいられる日にちがそう残っていないのに、わざわざ喧嘩するのは馬鹿のやることだ。

 日々更新される通信端末の広告、その中に市からの公募を発見したとき、これだ、と思ったのだ。
 正確に言うのなら、これしかないと思った。

 NO.6の被験体。
 この都市が発展するための、その貢献。
 報酬は、期間中の生活一切の保証、そして。


「……死んだら、どうするつもりなんだ、あんた」
「へ?」
「へ、じゃない。被験体が安心安全なモノを表す単語じゃないってぐらい、わかってるんだろ」
「ああ」

 そりゃね。肩をすくめる。昼下がり、まだ人も多い教室で放すには、ちょっと物騒な話題だとは思った。
 ネズミは相変わらず、シャーペンを器用に回している。元々の容姿とあいまって、その姿はなんだかやたらと優雅に見えた。ただシャーペンを回している、それだけなのに。

「先週、市から説明会があったし。危険性については、充分話を聞かせてもらった」
「それでも、行くんだな」
「だって、1年後には当分安心できる額が手に入るんだぜ」

 研究施設にいる間の生活は、一切心配しなくていいし。そう言って笑いかけたのに、向かいの相手は嫌そうに眉を寄せた。中学校の入学式、廊下を曲がろうとしてぶつかった、あの奇怪な出会いの時と同じ、冷ややかな瞳。

「保障なんて、どこにもないだろ。あんた馬鹿なのか」
「そりゃ絶対大丈夫、なんてことはないけど。でもだからこその額なんだろうし」
「金が全てか?」
「そんなことないけど。でも、このまま補助金だけで生活するのは無理だって、もうわかってるし。紫苑と火藍おばさんにこれ以上、迷惑もかけたくないしな」

 あくまで、由紀は軽く語る。今さら、ネズミと険悪になりたくなどなかった。

 中学の入学式で会って以来、ネズミとはたまに喧嘩しつつも、なんだかんだと仲は良かった。最後の最後に喧嘩別れだなんて、そんなのごめんだ。

「……馬鹿みたいだ」
「は?」

 それなのに、ぽつり、ネズミが吐き捨てたのは悪態だった。言葉は聞き取れたのだが意味がわからなくて、由紀は眉をひそめる。

「それ、紫苑のためっていうのもあるんだろ」
「は?ネズミ、何言って、」
「もういい」

 バン。ネズミがおもむろに立ち上がった。
 まだ教室に残っていた何人かが、何事かと振り返る。だがネズミはこれっぽっちも気にかけていない様子で、むしろ怒ったような顔をしながら、こちらを睨むように見下ろしてきた。

「被験体にでも、何にでもなればいい。あんたの顔なんて、金輪際見たくもないね」
「……は、え、ちょっと待てよネズミ、急になんで」
「あんたって本当、救いようのない馬鹿だ」

 机の横、引っかけてあった鞄を無造作に引っ掴み、ネズミが足音も荒く外へ出て行く。
 ガラガラ、ピシャン、と勢いよく教室の扉が閉められて、由紀は呆然と瞬きをした。
 ふと気が付けば、何人かのクラスメートが、驚きと困惑、それから好奇心の浮かぶ目でこちらを見ている。由紀はとりあえず肩をすくめて、何でもないよというポーズを作った。途端に、誰もが興味を失ったように各々の位置へと顔を戻す。

 由紀は、机に目を落とした。ネズミが言った言葉の意味は理解できなかったが、なんとなく惨めになった。なぜこうなったのだろう。うまく状況が掴めない。

「……わかってる、んだけど、なあ」

 いくら市の管轄下といえど、間違いなく何も起こらないなんてそんな安心は、ない。
 一瞬、震えた腕を手で握る。微弱な震えは、すぐに収まった。

「……怖い、なあ」

 ぽつんと呟いて、由紀は外へと目を向ける。
 枯れ葉のひとつもなくなった、裸の木々が立ち並んでいる。その真下で、ほんの少し、緑が芽吹いていた。

 やがて、来る。自分が全てに別れを告げる、そんな日が。


「……嫌だなあ」


 このまま、死んでしまおうか。
 呟いた由紀の前で、木枯らしがぴゅうっと校庭を駆けていった。




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