とある都市の崩壊計画 | ナノ



傲慢な救済、救いの横暴

■ ■ ■


 この都市は、NO.6は残酷だった。
 その残酷さを傲慢だとも思って、そう考える自分が1番傲慢なのかもしれないと、そう紫苑は考え直した。
 だって、それは由紀にとっては間違いなく救済に値するはずなのだから。



「紫苑。遅かったな」
「……由紀」

 がらり、開けた教室の扉の中に、手を振り笑う、見慣れた幼なじみの姿。
 中途半端に戸を開けたまま、ぽかんと立ち尽くす紫苑を見て、由紀は盛大に吹き出した。その後ろで並んだ窓の列が、真っ暗な空を映し出している。

「……ずっと待ってたのか、由紀」
「まあね」

 もう少しもう少しと思っていたら、帰るタイミング逃しちゃってね。由紀が軽い調子で言う。
 行儀悪く机に腰掛け足を組む、そんな由紀のもとに紫苑は慌てて駆け寄った。もちろん行儀をたしなめるわけではなくて、彼の体温を確認するためだ。

「……やっぱり、冷えてる」
「まあね。そりゃ、もう冬だし」

 さらり、先ほどと似たようなことを言い、由紀は笑う。ため息をつくと、紫苑はその鼻先をつまみ、思いっきり引っ張った。

「った!!いっへえひおんっ!!」
「委員会の日は先帰っていいって、伝えただろ」
「だから、帰るタイミング逃しちゃったんだって」

 語気を強めながら、鼻を解放してやる。だが由紀はへらっと笑って、「どう、嬉しい?紫苑」なんて、それは馬鹿げた言葉を紡いだ。



 もう何年も昔、紫苑がロストタウンに引っ越してきて、すぐに知ることとなった事実。それは、母が営むパン屋の隣の家に住んでいた少年が、ちょうど同い年だということだった。
 ちょっと馬鹿で軽薄な物言いの、どちらかというと適当でずぼらな少年。これで家も隣とくれば仲良くなるのは自然のことで、母親同士も仲が良かった。
 互いに父親がいないということにも、親近感が湧いたのかもしれない。よく家を行き来しては、パンを差し入れしたり、逆におかずをおすそ分けしてもらうことも多々だった。
 由紀の母親が急死する、数年前までは。

 変わった、かな。
 にやにや、面白そうにこちらを見上げる幼なじみを見て、ぼんやり思う。
 もともと人をからかうのが好きで、生意気を言ったり皮肉を言ったりと背伸びしたような言動は多かったけれど、今は背伸びというよりも、どこか落ち着きすぎてしまったような、そんな気がする。
 どちらかといえば、由紀はもっと考えなしだった。馬鹿をやってばかりだったのだ。それがここ数年、なくなった。少なくとも、紫苑は由紀を抑えるために翻弄することは、なくなった。
 やはり、母親という存在は偉大だったのだ。

 その後、葬式を終えて、由紀は補助金を受けながら、おおむね1人で生活するようになった。親戚はいなかったらしい。けれど由紀が泣くことはなかったし、ひどく落ち込んだ様子を見せようともしなかった。少なくとも、紫苑は見たことがなかった。

 だからこそ逆に、不安になる。彼が「このままじゃ俺、金が足りないんだよね」と突如話を切り出し、だから市の募集する被験体になる、と宣言した時も、紫苑は真っ先に漠然とした不安に駆られた。ほぼ衝撃的な、焦りにも似た、しかし何と表現したらよいのかまるで掴めない、恐怖じみた不安。

「紫苑ー?」
「へぶっ」

 いきなり鼻をつままれて、思いっきり変な声が飛び出す。

「は、はにふんだよ!」
「仕返しー」

 けらけら笑い、由紀が手を放す。紫苑は涙目でじとっと見下ろした。

「帰ろうぜ、紫苑。疲れてるんだろ?」
「ああ、うん。……え、疲れて?」
「ぼーっとしてたじゃん。早く帰らないと、火藍おばさん心配するだろうし」

 由紀が身軽に机から降りる。暗い教室にそのまま溶け込みでもするかのような、滑らかな仕草だった。

「由紀」
「ん?」

 由紀が顔を上げる。彼は少しだけ、紫苑より背が低い。
 目が合い、どきりと心臓が鳴った。ほぼ無意識にその唇に顔を寄せかけ、はっとする。

「……なんでも」
「?」

 変な紫苑。由紀はクスクスと、ただ笑った。





 外は暗い。黒い空にぽつぽつと、点のような白い星がいくつも瞬いていた。
 その下を並んで歩きながら、はあっと紫苑は息を吐く。薄い白が、冷たい空気に広がった。

「すごいな。もう、息が白い」
「冬だなー。この調子じゃ春になるのも、あっという間かなあ」

 足が止まる。
 なんでもないように言ったその横顔を、凝視した。
 二歩進んだところで、由紀も足を止め振り返る。ん?とでも言いたげな表情で、少しだけその首が傾いた。
 どーかした、紫苑。
 そう訴えるような目に、紫苑はぐっと唇を噛む。空っぽの拳を握りしめて、けれど言葉は何ひとつ出てこなかった。喉につっかえたようだった。

「紫苑ー?」
「……由紀」

 由紀。
 君は本当に、僕の隣から。

 言いかけて、やはりぐっとこらえた。言うべきはおそらく自分ではない。そのことは、痛いほど身に染みてわかっていた。
 脳裏をよぎる、鮮やかな灰色の双眸。

 由紀、あんたのその生意気な減らず口、どうにかなんないの。
 はあ?そういうネズミこそなんとかしろよ。俺は普通だっての。

 そう言いおかしそうに口元を緩める、2人の姿。

 多分、ネズミは由紀が好きなのだ。それは紫苑の勘でしかなかったが、外れているとは思わなかった。そして、ネズミと同列の応酬を交わす、由紀が彼にお似合いだとも。

「……ごめん、なんでもない」
「はあ?」

 ネズミといい紫苑といい、今日はなんだか皆変だな。
 無垢に笑って由紀が言う。前を向き直るその背に追いついて、ネズミといい、とはどういうことだろう、と思った。自分の知らないうちに、由紀は彼に会っていたのだろうか。
 思っただけで、口にはしない。したところできっとどうにもなりはしない。
 言葉にできやしない醜い感情が、心の底に巣食ってしまう、それだけだ。



 この幼なじみを隣から奪う、このNO.6は傲慢だと、紫苑は思う。
 けれど、それが同時にこの少年を救うことになるのだから、 どうすべきかわからない。
 どうすればいいのか、答えは出やしないのだった。





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