混迷のTriangle | ナノ



掴めない、それでいて眩しい

■ ■ ■


 時間は経過した。
 しかし、彼との奇妙な関係はただひたすら平行線の一途をたどった。


『……アラウディ、通信機が』
『ボンゴレ……ジョットからだ。緊急要請……』

 激務続きの中、珍しく訪れた空白の時間。
 まるで見計らったかのように、連絡は唐突に訪れた。

『時間がない。市民が人質になった……ジョットが激怒していた。僕も行く』
『待てアラウディ』
『止めるな。君に引き止められる筋合いはない』
『そうじゃない』

 苦笑交じりの声音に振り返る。袖を引いて引き止めた相手は、もう片方の手でこちらの腕をそっとなぞった。

『お前まで怒りに捕らわれるな。……いいから、ちょっとだけ落ち着いてくれって』

 彼の言葉に、目線を下に向ける。そうして初めて、自分の腕が微かに震えているのに気が付いた。同時に、袖下でぎゅっと握りこめられた自身の両手にも。
 
『……捕らわれてなんかない。僕は何にも捕らわれはしない』
『ああ、そうだな。……アラウディ、実にお前らしいね』

 腕の震えが止まる。ぶっきらぼうに短く言って、拳を開いた手で彼の手を払った。その時その仕草が思っていたより優しくなってしまった理由は、自分でもよくわからない。

『じゃあ、行く。邪魔しないで』
『邪魔はしないよ。でもついていく』
『……は?』
『聞こえなかったか?』

 いい悪戯でも思いついたかのように、彼の瞳はきらりと光った。

『俺もついてってやるって言ったんだよ、アラウディ』






 ボンゴレの守護者は、ネコを飼い始めたらしい。
 それが1番手始めに流れた噂だった。告げれば彼は腹を抱えて大笑いした。

『……おっ、おれが、ネコ?ア、アラウ、ディ、の?は?』
『……頼むから落ち着け。そんなに笑える話かい』
『最高』

 くっくっとなんとか笑いを抑え、ユーリは首元のネクタイを緩める。
 相変わらず何気ない仕草だ。自分以外なら何も気が付きはしないだろう。
 それが、徐々に深みへと誘う最初の合図だということに。

『……何。君、疲れてるかと思ったのに』
『疲れてるよ。ボンゴレとココ、よくお前は掛け持ちできるもんだな』
『そういう君も手慣れたものじゃない。いっそ入れば?』
『ボンゴレに?でも俺、Gにこころよく思われてなさそうだしなあ』
『それは違うね。彼はいつでもあんな態度だ。それよりスペードの奴に気を付けてほしいね』
『スペード?デイモンの事か?』
『そう。あのいけすかない奴』

 そう言ってアラウディがコートの金具を外せば、彼はニッコリ笑ってみせた。

『何ソレ。嫉妬?』
『君って頭わいてるよね。絶対』
『ええ、やきもちかなあって期待したのに』
『……馬鹿じゃないの』
 軽い調子でけらけら笑う、その顔がふいに憎たらしくなった。

 ――そんな事、思ってもないくせに。

『君の疲労とかどうでもいいから、僕は手加減なんてしてあげないよ』
『望むところ』

 もう黙ってよ。妖艶に笑った彼を憎く思う。けれど嫌いだとは思えない。だから不毛だ。
 苛つきのままに唇に噛み付き、ネクタイを指で軽く引き落とす。
 ほどけて床に落ちたそれは、何の音もせずにただ静かに転がって、動かなくなった。






 そんな日々だった。繰り返した日々は、甘くもなく苦くもなかった。
 ただ確実に、相性だけは良くなっていった。戦闘においても、――別の意味に置いても。

『……今、そこに』
『爆薬仕掛け済み。あと2秒だ』

 言い終える前に、背後の路地で爆破音が響く。足先から這い上がる振動。

『……ふうん。僕より早く追っ手に気が付くだなんて、どういうこと』
『常にアラウディ探してると、いやでも気配に敏感になるよ』
『嫌味?それとも褒め言葉?』
『どっちに取れる?……ていうかそんなことより、ご褒美は?』

 細かい破片と砂埃がここまで吹き付けてくる。いつもより白っぽく見えるユーリの顔を見下ろして、アラウディは唇を寄せた。
 微かなリップ音がして、2人は離れる。

『ありがと』
『……ここからアジトまでまだ少しある。追っ手が来ないことはあり得ない。これからも気を抜かないでよ』
『それはないな』

 アラウディが、ご褒美くれたし。
 そう言い笑う、隣の彼の顔を見ていられなかった。
 
 口付けた唇を、気付かれぬようなぞる。撫でる。
 柔らかな感触は、どうしてかこうも自分の触覚に焼き付いて離れない。まるで毒か呪いのようだった。――そう、呪い。



 だから彼が自分の目の前で赤く散った時、自身の体の奥の底、深い深いその部分に重たい烙印が刻まれたのは、ある種当然のことだったのだ。
 烙印――重石。一生疼いて離れてくれなかった、小さな、けれど確かな重み。



 それが、自分の知るユーリ・テンペスタという男の全てだった。




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