溺れたのはどちらだったか
■ ■ ■
あの子は、僕の『同期』によく似ている。
そう、似ているどころの話じゃない。瓜二つ、なんだ。
おまけに、名前まで同じと来た。そう、彼の名前は、ユーリ。
ユーリ・テンペスタ、だった。
*『……アラウディ。相変わらず完璧だな』
『テンペスタ……何の話』
簡易な談話室。否、「談話室」という名前は建前だ。
一見、そうとは見えないこの諜報機関本部の、その本質を隠すためだけの部屋。
そこに、自分はたまたま一瞬足を踏み入れただけ、だったのだが。
『この前突き止めた情報源の話だよ。面白くないほど非の打ちどころのない対応に後処理だ、もはや感動するね。……あー、殴りてえ』
『喧嘩を売ってるつもりかい?にしては下手だね。出直してきなよ』
『あー、違う!違うっての!』
相手をする価値もない、と背を向けたアラウディの袖を強く引く、慌てた声。
『は。何?』
『あー、俺口下手なんだよね。不快な思いさせてたら悪いんだけど、そうじゃなくってさ』
眉をひそめて見下ろせば、やや下にある瞳はにこりと笑んだ。
『今度の任務、俺と組んでくれないかなあ』
*『……何君。酒苦手なの』
『いや、ぜん、ぜん……、少しもにがてなんかじゃない、ね!うぷっ』
『ここで吐いたら殺すからね。……ちょっと君、水を』
ぐったりとテーブルに頭を預ける彼に、呆れた視線を向ける。
『死にてー……』
『死ねば』
『寂しくてアラウディが死んじゃうから駄目』
『寝言は寝て言え』
『んー』
何がんー、なのか、ふやけた笑顔で笑った相手は、おもむろに顔を起こした。
これで同じ諜報機関に属しているのだから、まったくわけがわからない。
『アラウディー』
『何』
『お前、ボンゴレにも身を置き始めたんだって?』
眉ひとつ動かさず、グラスを煽る。
『困ったものだね、そういうところだけ耳が早い。まあそっちは隠してもいないからね、その内知れ渡るだろうけど』
『なんだー、弱み握れたと思ったのに』
『この立場で握られるような弱みなんて晒さないよ』
そこらへんは君もわきまえてるでしょ。そう言ってアラウディが見返せば、案外近いところに顔を寄せた相手は、くすりと笑った。
微かな果実とアルコールの匂いが香った。そんなに強い匂いではなかったのに、なぜか一瞬、くらりと確かな目まいを覚えた。
『……ねー、じゃあアラウディ』
『何、ちょっと近いんだけど』
『そんならさあ、』
俺の弱みに、なってくれない?
* そういう行為は初ではなかった。
はっきり言ってしまえば職業柄だ。身も蓋もない。
だがそれは相手も同じだったようで、彼はさほど抵抗もなく、というよりむしろてきぱきと支度を整えてみせた。
『……ためらいとか、ないんだね』
『そういうお前も、案外あっさり承諾してくれるんだな』
眼下、白いシーツに仰向けで転がる相手の顔の横へ、片手をつく。
僅かなランプの灯りに照らされて、さして広くもない手狭な部屋は、妙なほど「そういう」空間を演出していた――まるで、任務の一環のような。
だが、真下で鈍く照らされる顔は誰だ。隙をついて刺す標的でも、情報を引き出したい相手でもない。
だからつまり、「初めて」だった。仕事以外で、こうした行為に及ぶのは。
『……これが、君の弱みになるの?』
『さあ。これから次第かな』
ゆっくり頬を撫で始めれば、彼は緩慢に微笑んだ。
どこが傲慢とも取れるその笑みに、アラウディはやや眉を寄せる。
『どうして、僕なの』
『そういうお前は、どうして俺に応えてくれるわけ』
目と目が合う。互いの瞳の奥、そこに宿る感情を探るには、2人ともあまりに隠し事に長けていた。慣れすぎていた。
だからそのまま体を重ねたのも、多分、仕様のないことだったのだろう。
引き止める理由も突き放す建前も、互いに何ひとつ見出すことはできなかったのだから。