混迷のTriangle | ナノ



吐息に隠した切望

■ ■ ■


 それはいつのことだっただろう。
 もう遠い昔だ。時節など忘れてしまった。
 それでも記憶から完全に忘れ去ることなど出来ないのだから、あの男も随分罪な男だ。


『……その銃で一発人間を撃て。誰でもいい』

 ガシャン。聞こえた音は撃鉄の音か自分の手錠の音か。
 撃鉄にしては大きかったのだから、やはり自分の手錠が震えて鳴った音だったのかもしれない。

『一発、そう……一発だ。それだけで、人質は解放される 』

 馬鹿、よせ。君は死にたいのか。
 そう言いかけて、相手の目を見た瞬間気が付いてしまったのだ。

 彼は、死ぬつもりなのだ、と。


『……ッ、死ぬ気か、ユーリ・テンペスタ!!』
『……。』
『ふざけるな!君は……!!』
『……。』
『……ユーリ!!』

 そして、彼は。


 いつも、笑って引き金を引くのだ。






 はっと目が覚めた。
 とっさに飛び起きるようにして上体を起こし、こめかみを押さえる。汗が頬をつたった。妙にどくどく脈打つ心臓に、雲雀は息を整える。

 なんだったんだ、今の夢は。

 内容ははっきりと覚えていないのに、なぜか、嫌な感じだけが胸のあたりにとどまっていた。どろどろする。
 なんだった、今の夢は。あの声は、自分だったのか?
 そして、最後に笑った、あの顔は――。

「雲雀恭弥!」
「……君」

 ひょっこり、前触れなく目の前に現れた顔に内心ぎょっとする。
 だがそんな様子は微塵も素振りに出さないで、雲雀はニコニコ笑う相手をぎろりと睨みつけた。

「なんで、ここにいるの」
「いやー、ドア開けたら雲雀がソファで寝転んでるからさ。風邪ひきそうだし、掛けといた」

 なっ、あったかかっただろ。そう言って、こちらの問いとは完璧にずれた回答を返してくれる彼の視線の先をたどれば、自分の膝もとにぱさり、と落ちる濃い臙脂色のフリース。
 一瞬見つめて、次の瞬間何のためらいもなくはたき落とす。いつの間にやら上に乗っかってきていた、その邪魔な肢体もまとめて一緒にだ。

「うわっ乱雑!床に叩きつけることはねーだろ雲雀ー」
「……余計な事しないでくれる」
「つれねーなあ、もう応接室通い始めて、何日も経つのに」

 そう言ってにこりと笑う、そのいっそ清々しいほどの明るさにうんざりする。
 はあ、とため息をつき、どうせ目的は違うでしょと内心雲雀は毒づいた。
 そこへ、見計らったかのようにユーリが口を開く。

「なあなあ雲雀!」
「……何」
「また『アレ』、見せてくれよ!なっ」

 ほら、やっぱり。
 冷めた瞳で相手の輝く目を見つめ、雲雀は黙って右手を差し出した。





 二大面倒事、つまりアラウディとユーリ・テンペスタが鉢合わせしてから、早数日。
 あれからめっきりアラウディの方は姿を現さなくなっていたが、ユーリは別だった。これでもかというほど、雲雀のリングにがっついてくる。本当にそんな感じなのだ。

 転校届を出しに応接室へとやってきて、そこで初めて自分と出会い、「雲雀雲雀」と死ぬほどうっとうしくつきまとっていたのが一変、してくれれば良かったのだが――生憎、つきまとわれている事実に変わりはない。というよりなおさらひどくなった。
 だが、別に雲雀はそこが気に入らないわけではない。いや、腹立だしいことに変わりはないが、そうではなく。


「あー……アラウディ、出てこないかなあ」
「……。」
「もっかいあの姿拝みたいんだけどなあ、なんでかなー……」
「……。」
「ほんと、俺と同姓同名の知り合いって何。他人の空似?」
「……。」

 いらいらと、雲雀は眉を寄せる。
 雲雀の右手を恭しく持ちリングを眺めるユーリは、どこかぼんやりした様子でひとりぶつぶつと呟き続けて止まらない。
 そんな彼の様子を見つめ、雲雀は目を閉じ、はあと息を吐いた。


 そう、あれ以来、ユーリ・テンペスタの狙いは――アラウディ一筋になっているらしい。






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