混迷のTriangle | ナノ



気の利いた確信犯

■ ■ ■


 今、雲雀恭弥は非常に不快な思いをしていた。


「うっわー今日も学校出勤?!まじ精が出ますね雲雀恭弥っ!」
「……君」
「しかも髪の毛安定のさらさら!こんな朝早くから来てんのに髪の毛とかちゃんとセットしてんの?!まじ神だね!!」
「……君、」
「うっわ頭まるっ!でも俺より背ぇ高いとかまじムカつく!腕伸ばさないとよしよし出来ないとか、男として最高に屈辱!でも俺、雲雀恭弥好きだからまあいいや!!」
「……君ッ!」
 いい加減にしろ、とトンファーを薙ぐ。だが相手はひょいっと容易く避けた。
 そうしてギリッ、と歯を鳴らす雲雀へ向かい、ニッコリ笑って口を開くのだ。目を嬉々として輝かせ。

「これはお得意の『咬み殺す』が?!」
「……もういい」
「エッなんで?!」
「君を見てると闘争心が失せる」

 というより萎える。何かの気力でも吸われてる気分だ。
 はあ、とため息をついた雲雀の前、にこにこ無邪気に笑う相手は、それはそれは楽しそうに、机の上へと両肘をついた。机の上――つまり、椅子に座る雲雀の真ん前。

「……君、ほんとになんなの。死ねば?」
「いやー、雲雀を口説き落とせるまでは無理ですねー」

 自分としてはこれ以上ないほど冷たい視線をくれてやったのだが、目の前で両手に顔をのっけた相手は、たいそう良い顔でニッコリ笑っただけだった。


 突如現れた転校生。ユーリ・テンペスタ。
 未来から帰って来たと思ったら、この煩い奴の登場だ。なんでも、もうすぐあるとかいう「継承式」のために赤ん坊が「呼び寄せた」らしい。つまり、そういう系統の人間。
 別に自分としては異存はない。マフィアだの継承だの、そんなところはどうでもいいし興味も湧かない。並盛の風紀を乱す奴なら咬み殺すだけだし、それが咬み殺しがいのある人間ならなおさら構いはしない。という、ただそれだけの事。
 だが、こいつはどうだ。

 ぱらり、日誌をめくる雲雀の真ん前、動じもせずにニコニコと頬杖をつく相手を半眼で見やる。今すぐにでもぐちゃぐちゃにして応接室の外へと放り出したいくらいには目障りなのだが、まったく持って問題なのは、こいつはこう見えて案外強い。本当に良い迷惑だ。

 それもこれも、と雲雀は中指にはまるリングを見る。妙な装飾の施された、きらりと光る大きめのリング。
 そう、もとはといえば――コレが、全ての原因だった。





『……雲の守護者として継承を認めよう』

 そう言い、匣に炎を宿して消え去った男――初代雲の守護者とかいう、あの男だ。
 別に心の底からどうでもいい。ボンゴレも継承も、群れを嫌う自分にとっては面倒事のひとつにすぎない。ただ、アラウディとかいうあの男の、その強さには興味があったけれど。

 そして、問題はそこではない。

「うっわーマジのボンゴレリング!かあっこいい!」
「目障りだ消えろ」
「おおっと『咬み殺す』?!」
「死ね」

 目を輝かせて右手を取るテンペスタ。即座に光るトンファー。
 だが軽く身を引いて避けた相手は、手を放しもせずにただ笑う。
 目障りだ。本当に心の底から殺したい。

「俺、職業柄か、こう見えてボンゴレの歴史にはすっげー興味あんの。特に初代!」
「黙ってくれないかな」
「いろいろ闇に包まれてるからなー、初代ボンゴレファミリーって!そん中でもアラウディって奴が1番気になってたんだけど、」
「咬み殺す」
「おおっと出た『かみころ』!」
「……はぁ」

 叫ぶだけ叫んで避ける少年。頭が痛い。
 雲雀はうんざりとしたため息をついて、目の前の存在を無視することに決めた。
 強いのは結構だ。互角の相手ならなおワクワクする。
 だが、目の前のこいつだけは別のようだった。

「聞けば、お前アラウディに認められて、その証拠にスッゴイ匣とリング、持ってるんだっていうじゃん!」
「……。」
「いやー、目の当たりにしてマジ震えたよ。これが歓喜だなって痛感した。俺日本語のニュアンス、未だによくわかってないけど」

 それだけ喋れるなら十分だよ。
 いっそその口がきけなくなるほどズタズタにしてやろうかと思ったが、想像して一瞬でやる気が失せた。応戦されるならまだいいが、延々と避けながら小うるさくあれこれ叫ぶ相手の姿しか脳裏に浮かんでこない。どんな状況だ。

 ぱらぱら日誌をめくる向こう、無視する雲雀などお構いなしにこちらを覗き込み、あれこれ口を動かす少年。
 本当に死ね、と雲雀は思った。赤ん坊もなぜ、こんな相手を連れてきたのだろう。彼の素性などもう忘れたが、「沢田の警護」だのなんだの言っていた気はする。数日前から応接室に、というより自分に張り付いて離れない、こんな奴に警護も何もあったものか。

「そー、ほんとリングまじかっけぇー。俺雲雀恭弥とそのリング見るためだけに、ココに毎日通ってるみたいなもんだもん」
「……。」
「好きだわー。ホント俺なんで女じゃなかったのかなって思う。俺女子なら速攻で雲雀を落とす」

 ……この男は間違いなく、頭がわいていると思う。
 取り留めもなくくだらないことを放す相手に、雲雀は頭を抱えたくなった。
 苛立ちを通り越して諦めに至り始めた雲雀の指先、太陽の光に煌めいていただけだった銀のリングが急に光ったのは――その次の瞬間の事だった。





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