ほら、
■ ■ ■
窓を背に並んで立って、アラウディがぽつぽつ話すのを聞いていた。
アラウディは話し下手なのかそれとも元々そういう話し方なのか、どちらかというと途切れがちに、ただ静かに言葉を紡いだ。
いつの間にか、校舎はまた薄暗くなり始めていた。
「……ユーリは、馬鹿で」
「うん」
「考えていないようで考えていて、……そういうところも、君によく似ているかもね」
「ええ、でもさっきから聞いている限り、そっちの『ユーリ』は俺よりずっと落ち着いてる気がする」
「まあ、今の君より年上だしね。……それで、」
話のほとんどが、『ユーリ・テンペスタ』のことだった。彼との任務とかちょっとした出来事とか、そんな思い出をアラウディはつらつらと語った。
最後に、彼は敵対組織の卑怯な手にかかって死んだ、と告げられて、ユーリは少なからずぎょっとした。隣に立つ、アラウディを見上げる。
「卑怯な手、って……」
「市民を人質にとられてね。……追い詰められて発狂しかけた相手は、1人死ねば人質は解放してやると、そうのたまった」
ジョットからの救援はすぐ側に来ていたし、相手の戯言なんて聞き入れる余地も本来なかった。
けれど人質は非常に危険な状態で、今にも死ぬところだった。だから。
正直言って、ユーリにはさっぱり話がわからなかった。人質だの解放だの、一体どんな状況だったのか。
だが次にアラウディが言った言葉には、少なからず衝撃を受けた。
「彼は、自らを撃って、死んだ」
「……、」
「またな、なんてあるはずのない言葉を残して」
ユーリは、アラウディの横顔を見つめた。
深い闇に沈みつつあるその顔からは、何も読み取れない。
「……あるはずのない、なんてわからないよ」
「え?」
ぽつり、呟いたユーリの方へ、アラウディが首を回す。
アイスブルーの瞳は、夜へと向かいつつある廊下の中で、どこか異質な色をしていた。
「だって、これが偶然、てなわけはないっしょ」
「……?」
「俺とアラウディの『ユーリ』がおんなじ名前だっていうのもだけど、見た目までそっくりだなんて」
ユーリは、こちらをじっと見下ろすアラウディに笑いかけた。に、と歯を見せ、とびっきりの笑顔を浮かべる。
「きっと、俺の中に『ユーリ・テンペスタ』は残ってるんだよ。そんでもって、こうやって俺とアラウディが出逢えたのも、きっとなんかの運命なんだ」
「……そんなわけのわからない言葉を、恥ずかしげもなくよくさらっと言えるね、君」
「ははっ、まあ俺の運命は雲雀恭弥とあるけどな!」
「……ねえ君、」
呆れたように目を細めたアラウディ、そして屈託なく笑うユーリの後ろで、ふいに響く不機嫌な声。
は?!と振り返るユーリをよそに、とっくに気が付いていたらしいアラウディは、平然とした顔で視線を動かしただけだった。
「僕のいないところで、何勝手な話をしてるの」
そこには、トンファーを構え低い声で唸る、学ランを肩に掛けた雲雀の姿。
途端、ぱっとユーリの顔が明るくなる。
「雲雀!なんでいんの?!」
「なんで、じゃないよこの大馬鹿が。君が変な顔してたからわざわざ探し回って、ここに戻ってきたんじゃないか」
「えっ、俺を探して?!」
「そうだよ」
ふん、と至極ご機嫌斜めに鼻を鳴らした雲雀だったが、次のユーリの言葉で撃沈した。
「うっわー俺って超愛されてるう!雲雀ありがとっ、俺めっちゃ嬉しい!」
「っ?!ちがっ、そんなつもりじゃ、」
飛び跳ね抱きついたユーリに、雲雀が慌てた声をあげる。
だがその頬が赤くなるのを見て、ユーリはにやりと楽しげに笑った。
「当たり?ねえねえ図星?あ、使い方あってるよな?」
「……君、」
頬をつんつんつつき好きなようにあれこれ言うユーリに、真っ赤になった雲雀がわなわなと震え出す。あ、これはやばいなとユーリが察し、雲雀がトンファーを振り上げるのとほぼ同時、2人の間に「あのさ」と、呆れた声が割り込んだ。
「え。……アラウディ!」
「……何の用」
「2人の世界に入らないでくれる。……僕はもう戻る」
呆れかえった目でこちらを眺めた、アラウディの体が途端に燃え上がる紫に包まれる。
わ、と驚き顔になるユーリと目を細める雲雀を交互に見やり、アラウディは小さく口を開けた。
「雲雀恭弥、仕方ないから譲ってあげるよ」
「……は?」
「アラウディ!!」
きゅっと眉根を寄せた雲雀の横を、ユーリが勢いよく駆け抜ける。
え、ちょっと君、と雲雀が声をあげるのも無視して、彼は炎の中に沈むアラウディの手を何の躊躇いもなく両手で掴んだ。
「君、」
「『アラウディ』」
何するの、とと咎めようとしたアラウディは、はっと顔を上げた。
自分の手を取り微笑むのは、紛れもなく制服を着た少年で、――けれど。
「『元気そうで何より』」
「……嘘、君、だって……」
「『ほら、また会えただろ』」
言葉が少しも上手く出てこない。肝心の言いたいことは、全て震えに変換されてしまう。
「僕は、君に、」
言いたいことが。つまづいた言葉は形にならない。
だがその前に、「ユーリ」が口を開き、囁いた。
「『俺も、愛していたよ。アラウディ』」
息を呑む。
優しく微笑んだ顔は、確かに自分の記憶の中の彼そのものだった。
「『……また、会おう』」
いつか、また。