終わりと始まり
■ ■ ■
「ひーばーりっ!!」
「うるさい死ね」
「はーい今日も元気そうで俺安心した!!」
投げたトンファーは容易に壁へ突き刺さる。標的にした相手はニコニコと笑っていた。
まったく、と雲雀はため息をつく。本当に、面倒な相手だ。
「……毎日毎日、君も懲りないね」
「おう!だって雲雀の事大好きだからな!」
すすっていたコーヒーを、危うく吹きそうになった。
「なになに?照れた照れた?どう雲雀?」
「……君」
「穴があったら入りたい、ってこういうこと言うんだろ?あれ違う?」
「……君、」
「まじかっわいい、いやすんごくかっこいいけど!でもやっぱ雲雀の可愛いとこも魅力的で――」
「……君ッ!」
ガタン。勢いよく立ち上がったせいで椅子が派手に後ろへ倒れる。
ぎょっと目を開いた相手の、その襟元を強引に掴んで引き寄せてやった。
「……あー、……なんか」
唇を離した途端、ふう、とユーリが息を吐いた。
雲雀が未だ襟を掴んでいるせいで、2人の距離が開く事はない。
「何」
「けーきょく、主導権握るのはいっつも雲雀だなあ、って」
「ふん」
当然でしょ。雲雀は鼻先に口付けた。
ほんと好き、とかなんとかくだらないことを言う口を塞いで、襟を放して。
机越し、向こうから首に腕を回すのを待って舌を入れた。
そのまま、机に押し倒してやろうと思ったところ、で――。
「っ!」
「?!わっ、アラウディ?」
「……また昼間からお楽しみかい」
突如光ったリングの先から、隣に現れる呆れた目の男。
「……ちょっと」
ぐいっとユーリの頭を引き寄せ、雲雀は薄青の瞳を睨みつけた。
「いちいち邪魔しに来ないでくれる」
「邪魔なんかしていないよ」
抱き寄せた腕の中、「ちょっ苦しいっての雲雀、」と彼がもがくのはわかったが、あえて放してやらなかった。油断ならない相手が目の前にいるのだから。
「僕に譲るって言ったじゃない。まあ、譲られた気もないけど」
「随分な口をきくね」
「僕がもともと得たものだ。譲る譲られるの話じゃない」
「別にそんなことどうでもいいよ」
至極つまらなそうにそう言って、アラウディはふっと視線を動かす。
「……むうっ、雲雀苦しいっての!殺す気か!」
「いっそそのまま死ねば?僕に抱かれて死ぬなんて名誉的でしょ」
「確かにけっこう魅力的だけど、でも俺やっぱ生きて雲雀といちゃこらしたい!!」
「「……馬鹿だね」」
雲雀とアラウディの台詞がもろ被りする。両者は一瞬目を合わせ、なんともいえない顔でまた視線を逸らした。
「……まあいいや。君達、昼間から盛るのどうにかしなよ」
「さか、って……。あなたにとやかく言われる筋合いは、」
「確かにその通りだ雲雀!!俺達、室内で盛ってばっかりじゃまずい!!」
がばっと顔を出したユーリが、突然の事に一瞬緩んだ雲雀の腕から脱出する。そうして「は?」と驚いている雲雀の手を取って、おもむろに応接室の扉へと駆け出した。
「そうだ!たまには外出て並盛探索しようぜ!!っていうか雲雀詳しいんだろ?良いデートスポット教えてくれよ!ほら早く!!」
「ちょっ馬鹿、引っ張るな大体――」
言いかけた雲雀に目もくれず、ユーリは楽しげな笑い声をあげ、扉を開ける。
その向こう、2人の姿が消え、扉が閉まるのを見送って――アラウディは、1人息を吐いた。
「……ユーリ」
僕らの生きた時代には、あんなふうに手を取り駆ける時間はなかったけれど。
でも、だからこそ――あの子達はこうして、僕達のできなかった全てをやり遂げようとしているのかもしれない。
後悔しないように。重石になどならないように。
いつか、別れが来るまで――ずっと。
「……また、」
いつか、君と出逢える日を祈って。
呟き、アラウディは静かにその場から姿を消した。
* それは、軽い一撃だった。
それは、文字通り決別となった。
それは、確かに一瞬だった。
けれど、確かな終わりを告げた。
「ユーリ・テンペスタ……」
そして君は。
ただ笑って、僕に一言だけ残していった。
――愛しているよ。……アラウディ。
心に最後まで残っていたはずの重石は、
今、ただ温かく、優しい名残を残していた。