牙を剥いた劣情
■ ■ ■
「いた。雲雀恭弥」
「……君」
どうしてここが。問い掛けて、やめた。どうせ「好きだからだろ」とか理解不能な答えが返ってくるに違いない。
雲雀ははあ、と息を吐いて、横に転がった。アスファルトに抵抗なく寝転がる雲雀に、ユーリが頭上でおかしそうに笑う。
「屋上、そんな気持ちいいー?」
「君のせいで今台無しになったけどね」
「んなつれねーこと言うなよ。隣いい?」
「ダメって言ったら屋上から出てってくれるのかい」
「え、」
まさか。ニコッと笑って横に寝そべる、その姿にまたもため息が漏れる。
さんさんと降り注ぐ日光に、温められたアスファルト。気温は高くなくともちょうどいい。
雲雀が静かに目を閉じると、ふいに真横から声が聞こえた。
「なあなあ雲雀」
うるさいよ。こんな時くらい黙れないの。
そう言おうとして体を回し、目を開けたところで、
「!」
「えっ」
ばっちり目の前に、固まるユーリの顔があった。
一瞬、心臓がひっくり返ったような感覚がして、――動けない。止まる。
「……君、」
それから数秒経って、やっと声が絞り出せた。
「近い。……離れろ」
「え、っと、や」
相手が頬を赤くした。鼻先が触れ合うほどのこの距離間は、なんでもわかってしまう。
「……何。離れてって言ってるだろ」
「いや、その、さ」
ユーリは相変わらず離れなかった。動く気配もない。
ぬるい吐息が、口元をくすぐった。背筋が震えたような気がした。
「……離れたくない、って言ったら?」
眼前で、大きく瞳が開かれる。まつ毛が触れそうなその距離で、雲雀は頬を手で引いて唇を舌で割った。熱い吐息が漏れる。吐き出したのは自分か、それとも彼か。
戸惑い混乱しているその唇を、噛むようにして塞ぐ。舌を絡める。驚いたように引いた舌を無視して、その口内を好きになぞってやった。
ぬるい唾液を嚥下して、息を吐いて、潤み始めた彼の瞳にゾクゾクして――ぼやけたように翳む思考で、ふと思った。
『ユーリ・テンペスタ』を前にしたアラウディも、ちょうど――そう、こんな感情を抱いて彼に口付けたのではないか、と。