馬鹿と馬鹿
■ ■ ■
「……行ってくるね。英斗」
そう言って戸口に手を掛けた、恭弥の姿を玄関で見送る。
「……うん」
一度だけ頷き、恭弥の後ろ、まだ真っ暗な外へと目をやった。
月明かりに照らされて、光る花。英斗の花畑。
ーー英斗、植物育てるの、好きでしょ。
そう言って恭弥が選んだ、前庭の広いこの大きな家。
「……そんな顔、しないでよ」
ふっと口端だけで笑う、恭弥が綺麗すぎて泣きたくなる。
こんなにも内心は不安なのに、いつも自分はうまく言葉にできないのだ。
「明日の夜には、……帰ってくるから」
絶対だよ。英斗の返しに縋るような響きがあったのがバレたのか、恭弥はくすりと笑みを零した。
「大丈夫。……英斗の所に、必ず帰るから」
じゃあね。そう言って身を翻す、恭弥の黒い背中が遠くなる。
ばたん、と音を立ててドアが閉まれば、自分はたったひとりになった。
「……上手くいっているようですねえ」
「……ッ?!」
思わず、ぱっと振り返る。
灯りのほとんどなくなった部屋に、ぽつりとひとつ、落ちる影。
「……六道、骸」
「そんなに警戒しなくてもいいじゃありませんか」
ひょいと肩をすくめた相手が、窓際に勝手に腰掛ける。
「まあ、僕との契約がうまくいかないはずもないんですがね。僕は、優秀な死神ですから」
「……悪魔の間違いじゃないの」
「フフ、相変わらず可愛げのない口だ」
ゆらり。窓が開いていたのか、骸の背後でカーテンが揺れる。
「……でも、あんたには感謝してる」
「おや」
「例え、契約の結果だとしても……恭弥と、こうしてまた会えたんだから」
骸は、なぜかしばらく口を開かなかった。
どこか、妙なほど静かにこちらを見つめーー急に、視線を逸らす。
「……人間というものは、本当に愚かだ」
「知ってるよ」
薄暗な中、ふわりとカーテンが翻ったことだけがよくわかった。
窓を開けっぱなしだったことは確定的だ。恭弥に怒られる、後でちゃんと閉めておかないと。
「……あれ?」
骸?
気が付けば、あの紫紺色の頭の男はどこにもいなくなっていた。