踏み出す先に
■ ■ ■
花はきれいだった。
恭弥がいない時でも、花は変わらず美しかった。変わらなかった。
「……骸」
小さく囁けば、少し離れた後ろで低く笑う声。
「……ずいぶん察しが良くなったじゃありませんか」
「お前に聞きたいことがあるんだ」
目の前、気まぐれな風に揺られて、鮮やかな花弁がきらきらと色を入れかえる。
入れかえてはまた戻る、前庭の花々。銀色のジョウロと英斗が生んだ、色とりどりの花畑だ。
恭弥は今日も仕事でいない。家にいるのは自分と、そして背後で笑う、この男だけ。
「おや、なんでしょうか」
「……恭弥、は」
口火を切って、ためらう。まだ、心のどこかで、引き留めようとする自分がいる。
やめておけと、なんでもないと口をつぐめと囁くのだ。卑怯で、未練がましい自分。
それでも口を開いたのは――多分、恭弥の顔が思い浮かんだから、だった。
「恭弥は……お前が契約して甦らせた相手は、生き返ったせいで、元の性格とどこか変わってしまうようなこと、って……あるの」
「そんなことはありえませんよ」
静かな否定は一瞬だった。
予想外の速さに、英斗は一瞬息が詰まった。
「嘘だ」
勢いのまま振り返る。ほとんど叫ぶように言っていた。
「この顔が嘘に見えますか」
振り返った先、佇む相手。
相変わらず日光に溶け込めないでいるかのような、黒い服に濃い色の髪。
花の海とちょうど真逆、扉の前に浮かび上がるようにして、骸はこちらを見つめていた。
「……なら」
嘘じゃない。とっさにそう思った。
骸の瞳は、嘘などついていなかった。
なら。そうだとしたら。
自分は、恭弥の体温も感触も微笑みも声も瞳も間違えていなかった。間違えるはずがなかった。彼は、目の前の男が返してくれた恭弥は、紛れもなく自分が愛した雲雀恭弥だったのだ。
だとしたら。
自分が、違和感を感じる理由は。そう、
――たどり着く先は、もう、ひとつしかない。
「……生き返った本人が、自分が死んでいたのを、思い出すこと、は……あるの」
花が揺れていた。
風も、日の光も柔らかだった。前庭は、優しい光に満ちていた。
冷え切っていく、英斗の全身とは真逆のように。
「……ーーええ。ありますよ」
六道骸は、ゆっくりと頷いた。