少しずつ削られていくもの
■ ■ ■
一度、なんとなく感じてしまった違和感は、けれど過ぎゆく日々の中に、いつの間にか埋もれていった。
「恭弥!これどう?!」
「……わぉ」
恭弥が目を丸くする。心から驚いているらしいその表情に、英斗は輝かんばかりの笑顔を浮かべた。
恭弥の手を引き、連れ出した外。毎日英斗が水やりをしているその前庭は、今、
「……綺麗だ」
「でしょう?」
目を瞬かせる恭弥の手を引き、英斗は得意げに胸を張る。
目の前には、色とりどりに咲く花々があった。赤く華やぐチューリップ、揺れては戻る白のマーガレット、地面に零れる青紫のロベリア。
たくさんの、種類も色も様々なその前で、英斗は誇らしく振り返ってみせた。
「ほら見てよ恭弥、俺が育てたきれいな花――」
呼吸が、とまった。
「……、え」
ぽたり。
英斗が、目を見開いて見つめる前で――白い頬を、つたい落ちる涙。
「……え、きょう、や、」
「……英斗」
わけがわからず、まるで動けなくなってしまったかのような気分の英斗の前で、いつの間にか離れていた2人の手が、ぶらりと揺れる。
「……すごく、綺麗だよ。……英斗」
風が、あたりをそっと吹き抜けていく。
でこぼこの高さに育った花が、合図でもしたかのようにいっせいにさざめく。
「……綺麗だ」
そう言い、英斗を強く抱きしめた恭弥は、そのまましばらく離さなかった。
息が詰まるほど強く抱きしめられ、英斗はなんとか恭弥の胸元から顔だけ出す。ぷは、と息を吐き出して、ちょっと恭弥、さすがに息ができないんだけど、と文句を口にしつつ笑いかけて、そこで。
自分の体を抱きしめる、その両腕が微かに震えていることに――気が付いた。
違和感は、少しずつ溜まっていった。
それでも、自分の名を呼ぶ柔らかな声に、自分の姿を映す凛とした瞳に、苦しくなるほどの未練があった。だから、気付かないでいようと思った。怖かった。
『――あなたの愛しい人を、生き返らせたいと思いませんか?』
それが、恭弥を苦しめているのではないかと――そう思い当たる、その時までは。