ないないだらけの愛情論/死ネタ
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この首を絞めれば、そう、全ては終わるのだ。
「……っ、は……あ、ぁっ、が……」
薄暗い部屋。日の光も射し込まない。胸がきりきりする。
手にぐっと力を込める。思った以上に弾力のある、反動の強い感触だった。
「!っか、」
ぐっとその背が弓なりに反る。雲雀の手首を必死で引きはがそうとしていた手が、肌をひっかくだけの弱々しい動きに変わった。
雲雀はきつく唇を噛みしめた。きつくきつく、どこまでも強く。
違う、手に力を入れるためだ。別に胸が痛いわけじゃない、息が苦しいからでも気を抜くと声が漏れてしまいそうだからでもない。
別に彼に情が湧いたわけでも、ちょっと興味深く思っていたわけでもなんでもない。
突然の転校生、二学期からなんて風変わりで、だから珍しいと観察していただけだ。
小動物と気楽に絡み応接室に堂々と乗り込む、彼をおかしな奴だと見ていただけだ。
トンファーを振るったら交えてきたメイスが思いの外強くて、だから咬み殺すのにちょうどいい、そんなふうに思っていただけだ。
別に至近距離でおかしそうに細められた目が、強いなあ恭弥はと笑った顔が印象的だったわけでもなんでもない。そう、そんなことあっていいはずがない。
この僕が、他人に殺意でも戦闘願望でもなく、特定の感情を抱くだなんてそんなことは、そうそんなお笑い種なんて。
「−きょぅ、や」
目を上げる。
もう声なんて発せられないはずなのに、伊織は確かに名を呼んだ。
自分の手の内、色を無くしていくその顔が、ふっと微笑む。
微笑んだように、見えた。
ーそんなかお、しないで。
渇き切った唇が、そう動いた。
そうだ、そんなことあっていいはずがないんだ。
唇を噛む。噛む噛む噛む。きつく。感覚なんて何もわからなくなるほど。
このまま唇を噛み続けることだけに動作の全てを持っていけたら、
そう考えている自分に、もう嫌だと吐き捨てていた。
『……初任務だ、ヒバリー2カ月前に来た転校生は、スパイだ。殺せ』
そう、だからこんなこと、思ってしまうのがおかしいのだ。
肩が痛い。腕も痛い。息が苦しい。なぜなんでなんでなんで。
だって絞めているのは自分であって、彼ではないのに。
喘ぐ。もう抵抗を見せない彼の体に跨って、いつの間にか開いていた口から息を吐き出す。大きく吐く。
ぼろぼろと、目の前がぼやけて滲んでいくのを見てーああ、と思わず声が漏れていた。
そうか、全ては遅かったのか。