不死鳥
■ ■ ■
彼の側にいるためには、
不死鳥になるぐらいしかないのだろうか。
「…え?なんて、伊織?」
俺の言葉を聞き逃したファントムが首をかしげる。微笑んだままで。
その左腕に揺れるアームを綺麗だとも思うし、壊したいとも思う。なんだろう、この思考は。
「だから、」
首をかたむけ俺の言葉を待っている、ファントムへ向けて口を開く。
「ファントムとずっと一緒にいるためには、俺が不死鳥にでもならなきゃ無理だよな、って」
「…フシチョウ?」
「あー……ファイアーバード。じゃ、ないし…うーん、難しいな…」
目をしばたかせたファントムに、俺は自分の落ち度に気付いて説明を試みる。けど、これがうまくいかない。
俺のいた世界、つまりこのメルヘヴンに呼ばれる前にいたあの街では、普通に通じた単語なのに。
こういう時、もどかしいと思う。俺とファントムのみぞを感じる。
「…うー、まあつまり、死なない鳥だよ。ていうか死ぬんだけど、またイチから復活すんの」
「…いちからって、どういうことだい?」
「よぼよぼのジーさんになったら、1回死んで、灰の中から生き返って、赤ん坊の姿でまた生きるんだよ」
まあ厳密に言うと違う気もするけど、もともと知らないファントムにはこれくらいでちょうどいいだろう。
ふうん、とわかったのかわかってないのか、なんとも微妙な真顔で顎に手を当て、ファントムはどこか虚空を見やる。俺の上、さらに後ろのはるか向こうを。
「…つまり、人生をやり直せるってこと?」
「まあ、そんな感じかな」
正しく言うなら、人生じゃなくて鳥生だろうけど。
「……へえ。キミの世界には、面白い物がいるんだね」
「残念ながら実在はしてないけどな」
「伊織は不死鳥になりたいの?」
聞かれ、俺はうなずく。
さっきからそう言ってるじゃないか。ファントム、さては聞いてなかったな。
俺の前、佇んだままのファントムが髪をかき分けた。どこか遠くを見るように目を伏せて、薄い色の唇を微かに動かす。
「……どちらかと言うと、不死鳥になるべきは僕かな」
「……え?」
俺が思わず聞き返すと、ファントムはおもむろにこちらを見た。
赤い瞳と視線がかち合う。息が止まる。
「…なんでもないよ」
にっこり笑って、ファントムは俺の頬に手を伸ばした。
「そろそろ部屋に戻ろうか、伊織」
「え」
「明日はまたウォーゲームだよ。楽しみだね」
するり、優しく頬をなでる手は冷たい。
それはファントムが死人の証拠だし、この世に存在していちゃいけないっていう印でもある。
だけど俺は、そんなファントムの隣にいたいと思う。
叶うなら、ずっと。
「…君は、永遠を生きちゃいけないよ」
俺の横、足音もなく歩くファントムが囁く。
「何を、」
「伊織は一瞬でいい。だからこそ、君は…」
噛みしめるように呟いて、ファントムは俺の手を握る。
ーこんなにも、美しいんだ。
そうかな、と俺は呟く。
つめたい指先を握り返してーそうかな、ともう一度。
俺はファントムの側にいられるんなら、
醜かろうと灰の中から生まれ変わろうと、なんだっていいーそう、思っているのだけれど。