もう二度と逢えないと知ったときの絶望感といったら /シリアス
■ ■ ■
「……ハ?」
長いことこの男と一緒に任務をこなしてきたが、それほど素っ頓狂な声を聞いたのは初めてだった。
驚愕に目をしばたかせている相手を眺め、伊織はだから、と繰り返す。
「だから、俺もうヒバリと逢えなくなる」
昼下がり。うららかな日射し。好調な気温。
身も心も生ぬるくなりそうなオープンカフェ、そのテラス席。
日光に溶かされ、琥珀色と水の透明に分離しつつあるプラスチックカップに視線を固定し、伊織はもう一度だけ、念を押すようにはっきり言った。
だから、きょうでもうおしまい、と。
みるみるうちに真顔になっていく顔を眺めて、ああ、と口の中だけで呟いた。
予想済み、と言えば予想済みだったがやっぱり怖い。
ここが一般人だらけの表通りのカフェじゃなければ、おそらくカップがめきょっと潰れていただろう。ヒバリのだけじゃなくて、自分のも。
「…何言ってるの」
「もう3回言った」
「僕をからかうなんて最低だね。そんなに咬み殺されたいの」
「…最後の思い出になら、いいかもね」
「早間」
ぎりぎりと。音が聞こえそうな低い声音で、ヒバリが自分の名を呼んだ。
鋭く細められた瞳、そしてざわりと揺れる黒い殺気。
だてに守護者最強と恐れられているわけではない。ヒバリは自分よりずっと強い。
−でもなあ。
すっかり味なんてわからなくなってしまった、エスプレッソをひとくちすする。
氷が溶けて薄まった、その苦味は舌に鈍く滲んだ。
ーヒバリ、最後まで俺の名前呼んでくれないんだろうなあ。
「早間、本当に咬み殺すよ」
「やだな、最後くらい笑って終われないの」
「早間!」
「ヒバリ、」
ーそんな顔しないでよ、せっかくいい顔してんのに。
言いかけた瞬間、一気に目の前が眩んだ。
あれ、嘘だおかしいなーそう思ったところで、ごふ、っと奇妙な音がした。
血だ。明るい赤の色。鉄の匂い。熱い。
ごぼごぼ、と口元を押さえ咳き込む。次々に溢れる血液は止まらなかった。フラつく。
あ、立っていられないや、そう思った時にはもう何が何だかわからなくなっていて、
「−伊織!!」
ただ頭上を覆ったヒバリの顔が、今にも泣きだしそうな顔をしていて。
この男と長いこといっしょにいたけれど、そんな顔を見たのは初めてだった。
震えて掠れたその声も、頬をなぞる震えた指先も。
−ああそっか、
今さらながら気が付いてしまった。
ヒバリが俺を名前で呼ばないのは、
俺がヒバリの名前を呼ばないからだ。
「きょうや……」
聞こえるだろうか、この声は。
まだ届くだろうか、この言葉は。
もう二度と逢えなくなるのだと、絶望を知ってしまう、その前に。
「……きょうで、おしまい」