メビウスの輪/シリアス
■ ■ ■
「メビウスの輪って知ってる?」
俺は恭弥を見つめた。ここまで明確にバカにされたのは久しぶりかもしれない。
「…知ってるよ。俺高校生」
「そのわりにこうして毎日僕のとこに来てるけどね」
「うっ」
そこを突かれると痛い。俺は肩をすくめて、応接室のソファに座る恭弥の頭を見下ろした。
並盛中学校、その応接室。
本来なら学生が使うような場所じゃないそこに、でも恭弥は普通に居座っている。
そして並盛高校に通う俺も、こうして並中の応接室でたむろしている。
…まあ、いいんだ。俺は恭弥といられれば何でもいいんだから。今が授業中とか、そんな細かいことは。
「こうして、」
恭弥は、おもむろにビリッと机の上にあった紙を破る。
「…おい、それ破っていいのかよ」
「遅刻届け。もう見たからいい」
そっけない返答を頭の中でリピートさせて、「…いやダメだろ」思わず苦笑した。
「僕がいいんだからかまわないさ」
平然と言った恭弥の手の中で、細く裂かれた紙が丸まる。
「こうして、」
それから、くるりとひとねじり。
「こう」
あとは端っこをテープで軽く止めたなら、
「メビウスの輪の、完成」
そう言い振り返った恭弥の目は、かすかに笑みを含んでいた。
「…だから知ってるって」
ソファの背の後ろ、恭弥の頭のすぐ側にいた俺は完成品を受け取って、言う。
背もたれの上にひじをつけば、その前でソファに深く座る恭弥の頭がさらに近くなる。
ソファの冷たい革の背をはさんで、ふたり。
「もとは1枚なのに、表と裏がつながるんだ」
「…うん、そうだな」
輪になった白く細い紙を、しげしげと見ながら答える。
1回ねじっただけの粗雑な輪は、だけど恭弥の言う通りで、表も裏も関係ない。
表をなぞっているはずが、気が付けば裏をなぞっている。
不思議だ。こんなに簡単に作れるのに。
「メビウスの輪」
淡々と、恭弥の声が近くから降って来る。
そこで初めて、俺は恭弥が体勢を変えたことに気が付いた。
さっきまで前を見てソファに深く座っていたはずの恭弥の顔が、こちらを向いている。
ソファの上に膝で立って、背もたれから顔を出すように恭弥は俺を見つめていた。
「こんな紙切れでも、簡単に表と裏がつながるんだ」
「…だから、」
知ってるって、さっきから。
言いかけ、恭弥の目をちゃんと見てー言葉が、止まった。
「…つながるのに」
つぶやくように言った恭弥が、俺の手からメビウスの輪を奪い取る。
「…なんで伊織と僕は、いっしょにならないの」
白い手の内で、
ビリッと音を立てて、輪は破れた。