黒に堕ちる | ナノ

最後の
「……ノア…!」
「…アルヴィス」

こうして会うのは、2度目か。

僕は悲しい思いで、綺麗な青い瞳を見つめた。





『最後の』






「ノア、なぜここに…」
「……」
肩で息をするアルヴィスに、僕は無言でただ微笑んだ。
微笑み、と呼べるものになっていたら良い。たぶん、自分で言うのもなんだけどかなり酷い顔をしていると思う。

「ここまで来たんだね…アルヴィス君」

僕の傍らで、ぎしり、とファントムが身じろぎする。
玉座の上に座したまま、ファントムはただ微笑みを浮かべていた。
僕と同じ、からっぽな笑みを。


「……お前を消しに、そして」


アルヴィスの瞳が、僕を見据える。


「ノアを…返してもらいに、来た」


うつむく。
見ていられなかった。

あんな、きれいな瞳。



「……ノア、行きなよ」

小さく囁かれた声に、はっとする。
横を見れば、ファントムはこちらを見ないまま、ただ穏やかな表情をしていた。


前を見れば、アルヴィスの瞳。
まっすぐできれいな、
僕の記憶の中と同じ、彼の。
そして、

もう、戻れない、僕の過去の中の。




「…嘘つき、だな。相変わらず」
僕は静かに、片手を持ち上げた。
「!ノア、」
「リリア」
使い慣れたガーディアンは、僕の呼び声に忠実に応えてくれる。
一瞬で現れた彼女は、僕が何か言う前にその手の鎌で床を薙ぎ払った。
「!」
距離を取るアルヴィス。
その手から、軽い音を立てて転がるプリフィキアーヴェ。
「、なっ!」
息を呑み手を伸ばすアルヴィスから、一瞬早くそれを奪い取る。
「ノア!!」
もう何度目かわからない、
信じられないという顔と悲しみ。


でも、僕の本当の狙いはそこじゃない。


大きく亀裂の入った床に、
アルヴィスが大きく目を見開く。
さすがだ。やっぱり彼は頭が良い。
「何をする気だ、ノア!」
「アルヴィス」

僕は微笑む。
広間を二分した亀裂を、リリアの鎌でさらに広げて。


「ありがとう」


だいすきだったよ、あなたのこと。





轟音と共に怪物の口のような裂け目を広げていく床を前に、僕はくるりと振り返った。
そこには、相変わらず平然と玉座に座る司令塔。
「…少しは驚け」
「これしきのことじゃあ、僕は驚かないよ」
にっこり笑む彼に、僕は久々に小さく笑った。
「ゴシックダガー」
呟き、僕は刃を掴むと柄をファントムに差し出す。
「…これをどうしろって言うのかな?」
「わかっているんだろう?」


後ろで誰かが叫んでいる。
響音とともに沈み軋む城の床が、悲鳴をあげている。



「……僕もお前も…同じ、だったんだな」



寂しがり屋で、不器用な。
同じ人を心の底から想い合った、
そんな。


冷たい鍵を握る。その手を伸ばす。
音も立てず、簡単に鍵は彼の穴にはまった。



「…そう、だね」



ファントムは微笑む。
僕の首元にダガーを置き、静かに肯定する。




彼の、元へ。




僕は目を閉じ、手の内の鍵を回した。
同時に、唇に触れる冷たい温度を感じた。
そして、首元を伝う血の感触も。



初めて受けたキスは、
愛情でも思慕でも歓喜でも恋慕でもなく、



同じ想いをわかちあった、
悲しい悲しい、キスだった。





「……よなら、」




さよなら、友達。
さよなら、チェスの皆。
さよなら、アルヴィス。
さよなら、メルヘヴン。






黒に落ちた僕も多くの人を殺めた彼も、
きっと、安らかになど眠れないのだろう。
でも。





「……あなたに、会えるね……」






さよなら、









『最後の』




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