遅すぎる回想
僕は、チェスが大嫌いだった。
大嫌い、だったんだ。
「…ファントム」
僕はぼろぼろの彼の身体を見つめる。
泣きそうなキャンディスが支えるそこ、うつむいていた顔がやや上がり、わずかに首を傾けた。
目が合う。
影になったその顔で、彼はたしかに笑ったように見えた。
息が詰まった。
涙を浮かべ心配の色を見せるキャンディスに、
複雑そうな顔で唇を噛むロラン。
次々と消えていくチェス達の誰も、
僕らの表情には気付いていないだろう。
かれのもとへ。
無音で紡がれたその言葉に、
僕は彼が何をする気か、はっきり理解してしまった。
わかって、しまったんだ。
『ノア、お前はあの方をどう思っている』
『…あの方?ああ、ファントムのことか』
どうも何も、と僕は吐き捨てる。
全ての、元凶。それ以上でもそれ以下でもない。
『…あの方は、寂しがり屋なのだ』
『は?』
僕の口からすっとんきょうな声が飛び出した。
だって、あのファントムだろう。アルヴィスにゾンビタトゥを入れ、僕をさらったとんでもない野郎だ。どこをどうしたらさびしい、なんて言葉が当てはまるんだ。
『…わかる日が、来る』
ペタは目を細める。
金色の瞳に、光が凝縮する。
『いや…ノア、お前にはわかってほしく、ないかもしれないな』
どういう意味だ。
眉をひそめた僕に、ペタはただ笑んでみせた。
似合わない、優しげな微笑みを。
『遅すぎる回想』
「……ペタ」
ああ、僕の心の中はこうも埋まってしまっていたのに。
どうして僕は、気がつかないふりをしていたんだろう。
もうとっくに、僕の心は落ちていたんだ。
この、正しくない道を歩む、
暖かく優しい、このチェスという空間に。
彼の、腕の中に。