さよなら、いとしき、
「……ペタ?」
嘘、だろう。
そう、嘘だ。
だって、だって、こんなこと、
あっていいはず、ないんだ。
『さよなら、いとしき、』
ねえペタ、6年前に会った時、僕はあなたのことが大嫌いだった。
死ぬほど嫌いで逃げ出して、でも捕まってどうしようもなくて、目の前に出された食べ物を口にしてしまう己の本能を心から呪って。
いつか寝首をかこうと画策して、アルヴィスの顔を思い出しては1人で泣いて、
そう、お前のことなんて、
嫌いも嫌い、大嫌いだったんだ。
『……食え』
『嫌だ』
『食べなければ、飢え死ぬぞ』
『しんでやる』
きっ、と睨みつけた僕に、ペタはため息をついて手を伸ばした。
『お前は死なせないよう命を受けているんだ』
『…知るかそんなの』
『私が憎いか?』
突き刺すようにきらめく、金の瞳。
『…憎いなら、何が1番身のためになるかよく考える事だな』
そう言ってこちらに食物を押しやるペタに、
なぜか僕の胸が詰まった。
『…無意味な死など、無意味な生よりも価値が無い』
そうだろう、ペタ。
そうだ、あなたが言ったんだ。
無意味な死など、価値が無いって。
「…ペタ……?」
地面にあおむけに横たわる、その帽子に触れる。
はらり、落ちた前髪は、太陽の光を受けきらめいた。
その下の瞳は、暗いまま僕の顔を映す。
バカみたいにぼうぜんとする、僕の間抜けな顔を。
「…うそ、だ。起きなよ、ペタ」
僕の顔を映しても、ペタが目を細める事は無い。
お前か、ノア。
そう口が動くことも、その喉から鼓膜に馴染む低音が響くことも、
もう、なにも。
「…い、やだ…」
「ノア」
頭に手が置かれる。
ペタ?
僕は弾かれたように顔を上げる。
まぶしい白髪が、目に飛び込んだ。
「…ノア、泣かないで」
「…泣く?僕が?」
なんで。
なんで、泣くんだ。
だって、僕は別に…。
「…ありがとう、ペタ。君がいなくなるなんて、さみしいよ…」
ぼんやりと頭を通り過ぎた声に、はっと我に返る。
見れば、ファントムが静かにペタの額に手をかざすところだった。
「ペタ…」
「ノア」
とっさに手を伸ばせば、冷たい手のひらに止められる。
「…寝かせて、あげよう?」
握られた右手を、見つめる。
その先で、ペタの体は綺麗に透けて、消えていった。
『…最近、ダガーを振り回さなくなったな』
『…まあ』
『何が身のためになるか、わかってきたようだな』
『…別に…ていうか』
『?』
『…だって、そうは言っても…いちおう、食べさせてもらってる身だからな』
ぶふっ。
『なっ…なんで吹くんだ!!』
『…お前、おかしいだろう…なんでそこだけ妙に律儀なんだ…』
『べ、別におかしくないだろ!』
ふふ、と緩んだ口元が、遠くなる。
ああ、そうか。
僕の手を握る、もうひとつの手はかすかに震えていた。
その上に左手を重ね、そっと握り込む。
そうか、
あなたは、もうどこにもいなくなったんだね。
ねえ、ペタ。