今宵、ここで君を殺す | ナノ
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『…だって金すごいもらえる、ってリボーンが言ったから』
あやうく紅茶の入ったカップを落としかけた。

『…は?それが決め手?』
『そ…そーだよわりーかよ』
見る見るうちに色白の頬が赤く染まる。
馬鹿じゃないの、と呟いた言葉は手元のカップの中へ落ちていった。
『…前言ってた、妹?』
『そう』
我ながらなかなか言葉足らずだったが、相手には言いたいことが伝わったようだった。
『何、どんな病気にかかってるの』

黒い瞳は、苦く笑った。

『名前言ってもわかんねえと思う』

まあ、難病ってやつ。
小さく付け加えられた言葉もまた、彼の手の中のカップへ落ちていった。





季節は静かに過ぎていった。

秋は衣替えの季節だ。並高も当然秋服に変わる。
『ひばりいぃいいい!!』
バタンッ。
『煩い咬み殺す』
『なっ、なんか飛んできたー?!』
壁に突き刺さってんぞトンファー!とわめく声。応接室に飛び込んできた燈夜の姿を見、思わず眉が寄った。
『…長袖』
『イエス!あとほらベスト』
見慣れねーだろ?と挑発的に身を乗り出す彼。
応接室専用の重厚な机が、やけにあっけなくぎしりときしいだ。
『そう?春も見たけど』
『えっ…あ、そうじゃん』
『君って馬鹿?』
『春と言えばー、雲雀と初めて会った頃じゃね?』

手が止まった。
書類に落としていた目を、上げる。

黒い瞳はきらきらと、どこか楽しそうな光をたたえ見下ろしていた。
その首元、ベストの1番上を飾るネクタイ。

覚えて、いたのか。


『ねえひば、』
り、と言いかけた彼の声は遠くに聞こえた。
強く引っ張ったネクタイは、あっけなく持ち主をよろめかせうつむかせる。
目の前で大きく開かれた瞳に、
やけに無表情な自分の顔が、はっきりと映っていた。


初めてのキスだった。






雪はまだだった。
凍るような風もまだだった。
ただ2つの手編みのマフラーが、冬の訪れを告げた。

『……は?何コレ』
『マフラー』
『には見えるよ。なんでマフラーなの』
『…妹が』
『は、妹?』

突如、後ろから首に掛けられた黒のそれ。
長年の経験から身構えた自分に、しかし首を柔らかくつつんだのはふわふわとした毛糸だった。

『……妹が…俺が最近、よく雲雀のこと話すから』
『あ、そういうこと…なるほど、ね』
『なんだと思ったんだよ…俺が作ったとでも?』
『一瞬。本気でびっくりした』
『さすがにねーよ』
ホラ、おそろ。

そう言ってヒラヒラと首から垂れ下がる端を振る、彼になんとなくむずがゆさを感じた。
白い首を覆う、紺色のマフラー。同じ手編みの、似た網目の物だ。

おそろい。

思わず勢いよく踵を回し、背を向けた。

『えっちょっ、なんだよ雲雀!嫌なのかよ!』
なら返せよ、俺が2つもらうから、と喚く声は背後から聞こえた。大股で歩き出した自分の背中を、慌てたように追いかけるバタバタと小煩い足音。
『ほんと、気に入らねえなら、』
『別に気に入らないなんて言ってない』
『え、』
『ねえ』

不意打ちで立ち止まる。振り返る。
真後ろを突っ走っていた燈夜は、そのままこちらの胸元に鼻をぶつけた。

『ふぐぅ』
『…今度、出かけよう』
『いて、え…は?』
『次の土曜。商店街の時計塔の真下に集合。時間は…そうだね、10時くらいでいいでしょ』
『……え、いや、はい?雲雀?』
『ねえ』

ぽかん、と間抜けな顔をする、彼の顔をまっすぐ見返す。


『そのマフラー外して来たら、咬み殺すからね』


完全にかたまった相手に背を向け、今度こそ振り返らず歩き出す。
数秒、空白の間を置いて、後ろから何やら騒々しく叫ぶ声やら動揺の足音やらが聞こえたが、全部無視した。
首元をおおうマフラーの端を、ぎゅっと小さく握りしめて。






春と夏と秋と冬と。
気が付けば時間は過ぎた。
過ぎて、何も明白にならないまま、けれど距離だけは確実に近付いて、


きっと、近付きすぎたつけが、今ここに来ているのだろう。



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