今宵、ここで君を殺す | ナノ
2

騒がしいな。
そう思い足を止めたのが、始まりだった。


『……はぁああーー?!俺がマフィアー?!』
『日野君声デカい!デカいから!!』
少し離れた地点、薄紅色の花びらが舞う中、桜の大木の下で騒ぎ立てる2つの影。
またあの小動物か、と思うと同時に、ふと沢田に負けず劣らず声を張り上げている相手が目に止まった。

『…な、なんで俺がなんだよ?!ていうかマフィアって何?!超怖いんだけど!』
『それはリボーンに言ってよ!俺だってやだよこんなの!』
『待て待て待て、やだって何だよやだって!俺がそんなに嫌かよツナ!』
『そーじゃない、そーじゃないって!』

…はあ。
思わず、ため息が出た。
まったくもって騒がしい。耳障りだ。
高校に進学しても変わらない、常にうるさい沢田とその周囲。まあそのおかげで、退屈しない日々を過ごしてはいるのだが。
さて、2人揃って咬み殺そうか、それとも晴れの入学式くらい見逃そうか。そんな考えが浮かぶ余地があるのも、ここ数年、小動物らに影響を受けたせいか。
視線を戻す。花びらが舞う。
うっとうしいくらいの薄紅色の中で、こちらに背を向けていた少年が、ふと振り返った。

目が合う。

ざあ、と桜がふぶいていった。
春先のまだ冷たい風が吹く中で、
その少年は驚いたように、首を傾げてみせた。





そうだ。それが出会いだった。
夢から醒めたような心地で、雲雀は銃を握る手に力を込める。
黒い闇の中、銃口を向け合い佇む2人の間に吹くのは、あの日と何も変わらない涼風。
そう、あれは春だった。桜の吹雪が舞う、春の、

「ねえ」

そう呼びかけたのは無意識だった。
相手は銃をかまえたまま、小首をかしげる。
まるで、あの日のあの時を再現するかのように。

「…君は、桜が似合うよね」

思ったほど、相手は驚いた顔をしなかった。
むしろこちらの内心を読んでいたかのように、少し間を空け小さく頷いてみせた。


互いに向け合う銃口は、未だその照準を定めたまま動かない。





『…君』
『わっ?!』
背後から覗き込めば、相手は面白いほど大げさな反応をしてみせた。
『えっ…風紀委員長』
『君、昨日の遅刻届け、出てないけど』
『ええっ嘘だ』
『この僕が嘘をつくと思うの』
しかもそんな何の得にもならない嘘を。
ほとんど反射でトンファーを振り上げれば、相手はぎょっと目を見ひらき、
そう見ひらいて、

『!』
『っ』

跳ね返した。

予想外なことに目を見張る。肩で息をする、その手に握られているのは銃だった。
『…君、何それ』
『や、この前リボーンが持てって…って、わあ?!』
いやいや俺何とっさに使っちゃってんだよ!とかなんとか叫びながら、目の前の少年は頭を抱えしゃがみこむ。そんなにショックだったのか。
だが興味をひかれたのは、相手が無意識に自分の攻撃を防いだという点だった。それも、銃などというおよそ防御に向かない武器で。
『…うわーあ…俺、マジでマフィアに向いちゃってんのかなー…』
『ねえ君』
『うおっと?!』
遠くに視線をやったまま、うわの空でぼやく相手の顎をがっしり掴み振り返らせる。
『いっ、いたいいたいいたい!』
『遅刻届けは見逃してあげる』
『いたたたっ、て………へっ?』
『その代わり、』
ニヤリ、笑ってトンファーを目の高さにかかげてやった。
『…僕と戦いなよ』





『……うわーあーぜってぇええいやだぁああ!!』
『待ちなよ、逃がさない』
『うわうるさっ、って燈夜?!なんで廊下走って…ってぎゃあああ雲雀さんっ?!』
『ちょうどいい、沢田綱吉、君も相手しなよ』
『なっ、なんでー?!』
『うわああツナ助けろぉおお』
必死で逃げるブレザーの背中をひっつかみ、床へと転がす。
仰向けに転がされた床の上、頬を引き攣らせ両手を上げ、「ほ、ホールドアップ!」と馬鹿みたいに言う相手の姿を、なぜか妙におかしく思った。
なんなんだ、この少年は。
僕の一撃を、軽々と凌いだくせに。





「…恭弥、」
呼ばれた名前を、今度こそ脳が認識した。
まばたきをする。目が合う。
いや、さっきから目は合っていたのかもしれない。
「恭弥は、銃、得意だったよな」
わずかに語尾が上がったことから、疑問なのだと判断する。判断したが、理解は及ばない。
「…別に。トンファーの方が硬くて強い」
「そっか」
「最近は内容次第で、使う」
「…そっか」
同じ言葉ながら、1回目は苦笑混じりに、2回目は安堵したように返された。
安堵?
違うー哀しみ?
わからない。わかりたくないのかもしれない。


彼が、沢田を裏切ったという事実と同じで。



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