お別れ幕切れ、最期に
「因縁ってのも妙なもんだね」
黙れ。内心で呟き目を閉じる。嫌な感触だった。
あの横暴な先輩らを相手にしたって、地に頬を付ける感覚を味わったことは無かったのに。
「ここで終わりだ」
カチャ。言葉と共に、硬質な刃先が後頭部に当たる。
目を閉じた世界でも、それが何であるかは容易に想像がついた。
「……やるなら、ひと思いに」
「おや」
「その程度の慈悲はあるだろ?」
避けるだけの自分に勝ち目はない。
わかっていて挑んだのだからつくづく馬鹿だ。敗北を前提とした自分の戦闘スタイルに悲しくなる。
「……何年経っても変わらないな、お前は」
どこか懐かしむような声が聞こえた。
吹きそうになる。地面に転がした相棒の頭にナイフを突き付けといてそんなことを言うのだから、全く持って馬鹿げている。とんだ道化だ。
「何年前だっけ?アジトから見事に脱走かまして記憶も全部消して、……まあオレの予想が完璧当たったってワケ」
「……。」
「『仲間割れ』、『裏切り』、『死』、ヤコブの三大ルールをお前は間一髪でかいくぐった。まあ確かに、もめたワケでもないし裏切ったワケじゃない、オレにすら何も言い残してかなかった、ただそれだけだしな」
「……。」
「お前はオレの、ヤコブの元から"ただ"姿を消した。自らの記憶を全部消して」
「……昔話はもういいだろ」
「表立って探せないせいで時間はかかるし、見つけたと思えば別ファミリーの膝下にいるし」
無視かよ。
目は開けないまま唇を強く引いた。
そう、遥か昔。
ヤコブに、この男に、そして決められた自分の未来に嫌気がさして、どうしようもなく惨めになった。血に塗れる手、連鎖する死の数々、やがて訪れるであろうトップという重荷。
惨めだった。
どうしようもなく、惨めだと思った。
誰1人救えない世界の頂点に君臨するなど、とても。
だから、消した。
自らの手で、自らの記憶を。過去を。
全て。
「……残念だったな、リューマ」
ゴリッと頭に固い物が押し付けられる。
黙っていた。その名前で呼ばれるのは久しい。そして馴染めない。
不意に、低い声音を思い出した。
――悠馬。
そう呼ぶ先輩の声はどこか湖にも似ていた。耳に染み付いたそれは深く穏やかで、そして静かだった。
いや、やっぱ湖は無いか。少なくとも湖は急に氾濫したりしない。トンファーを振り上げる先輩の姿を思い出して、不意に笑いがこみ上げた。
「次期ヤコブファミリートップ、リューマ。……その座はオレがもらう」
「……やるよ。欲しいなら」
未練など無い。あの頃の憂鬱も絶望も全て思い出してしまった今は、特に。
――悠馬くん。
また、聞こえた。自分を呼ぶ、別の先輩の声。
思えばいつだって騒がしかった。バカで頭がおかしくて変態で、でも顔だけはいいんだから本当にわけがわからない。あの先輩もフザケているようで勘が鋭くて、
「……変わったな、リューマ。誰の所為だ?」
チッ。頭上で低い舌打ちが弾ける。殺気混じりの重い音。
そういえばこいつ、キレると舌鳴らす癖があったっけ。今更ながら思い出す。
「そんなに死にたきゃ殺してやるよ」
お望み通り。
皮肉っぽく告げられた言葉に、目を閉じたまま唇の端を引っ張った。微笑む。
馬鹿みたいな生涯だった。定められたレールの上、記憶を消して取り戻して、こうしてかなうはずのない戦闘を挑んで。
でも、これで良かったかもしれない。暗い世界にうっすら笑う。
最後に、何もかも忘れて楽しい思い出を作ることができて、そして何より、自分の事を何も知らない先輩らに、その思い出だけ残して去っていけるなら、何も――。
「じゃあね」
ガチリ。撃鉄の音。
目をキツくつぶった。静まる内心と裏腹に心臓が一気に暴れ出す。
やるなら、ひと思いに。
慈悲の心くらい、あるだろう。
「――バカの極みだね」
銃声が、轟いだ。