Roommate! | ナノ
二度目のお久しぶり

「夢見が悪いって顔してるね。野々原悠馬」
「……雲雀先輩」

 ぎょっとして振り返る。いつの間にやらすぐ横に、綺麗に整った顔があった。
 場所は校門時は放課後、あたりは夕焼けに染まる情緒溢れる爽やかな光景。赤く沈む並盛高校の校舎裏からは、野球部と思わしき活気に満ちた声がいくつも飛んでくる。
 そこまで確認して、悠馬は自分の疑問を確固たるものにした。うんいや自分は間違ってない。間違いなく正常だ。

「……あのー、雲雀先輩?」
「なに」
「……なんでここにいるんですか」

 ぱちり、雲雀が瞬きをした。世界はなんで丸いんですか、とでも聞かれたかのような顔だ。その顔をしたいのは悠馬の方である。

「いたらダメなの」

 別に四角でもいいんじゃない。みたいな斜め上からの返答が来た。
 わけがわからず見つめ返して、それからこの人の髪きらきらしてんなーとか一瞬考えたところで悠馬は気が付いた、これは完全に現実逃避そのものである。

「……い、や、……あとじゃあ最初の言葉は」
「最初?」
「この時間に、『夢見が悪い』とか言ってきましたよね」
「だから?」

 だから?
 ダカラ、と口内で繰り返して、いえなんでもないです、と呟き悠馬は引き下がった。
 やめとこう、この先輩に自分の常識は通じない。いやそんなのこれまで何百万回と思ってきたことではあるが。

「君、今から帰り?」
「へ?あ、まあ」
「いいご身分だね。僕は今から見回りに行ってくるよ」

 ご身分も何も俺はただの男子高生なんですか。言いかけた言葉は理性をフル活用して抑え込んだ。ここで余生を終えるのはさすがに嫌だ。

「……はあ、ご苦労様です」
「君も来なよ」
「Why?!」

 英語の先生もあらビックリ、驚きのクオリティなクリティカル発音で疑問詞が口から飛び出した。脈絡のなさもここまでくると、最早常軌を逸しているとしか思えない。

「は?」
「は?いやハって聞きたいのは俺のほいやいや今日は課題が山ほどあるんですマジ勘弁してください先輩」

 土下座しかねない勢いで頼み込めば、不服そうながらも「……仕方ないね」と並盛の暴君は引き下がってくれた。
 ほっとひと息つく。とりあえず首の皮1枚つながった。

「あ、じゃあ俺は行くんで」
「ああそう。せいぜい背後に気をつけなよ」
「それ完全に悪役のセリフなんですが」

 一体どこの悪党なんだこの先輩は。
 ある種恐ろしい宣言にまあいいやと背を向けて、悠馬は1人歩き出した。これが成長、あるいは慣れというものである。ヒトってコワイ。
 まさか本当に背中を狙ってくるとは思えないし、たぶん大丈夫だろう。多分。と考え悠馬はげんなりした。なぜ普通に帰宅するだけなのにこうも背後を気にしなくてはならないのだろう、自分。
 内心ぶつぶつと悲しい運命を呪っていたところで、急に静かな声で名を呼ばれた。

「悠馬」

 妙な力のある声だった。足を止め、無言で振り返る。
 雲雀はじっとこちらを見ていた。腕組みをし、校門にしどけなくもたれかかっている。
 力を抜いているようで隙はない。この先輩の通常スタイルだ。攻撃に最上級に適したこの恰好、ある意味心から尊敬できる。

「……何ですか雲雀先輩、」
「君、寮に帰るんだよね?」

 息が止まった。
 何も言えないまま、雲雀の瞳を見つめ返す。黒く、底知れない色をした目を。

「昨日1日頭痛で動けなかったんだし、気を付けて帰りなよ」

 次、六道に介抱されてたら咬み殺すから。
 答えない悠馬を置いて、雲雀は淡々と言葉を紡ぐ。いっそ空恐ろしいほど穏やかな内容に、悠馬は内心かなり動揺した。いや、ラストは安定の物騒発言だったが。
 悠馬は未だ口をつぐんだまま、じっと見つめ返す。
 自分を見返す、雲雀の両目を。

「……雲雀先輩が見返りなしで心配してくれるだなんて、明日は雹か雷雨でしょうね」
「殺すよ」

 やっと動いた唇から、いつもの憎まれ口を吐き出す。
 瞬息で返した雲雀もいつもの調子だったが、その頭から「咬み」の2文字が消えていた。
 頬が引き攣る。こわぇ。

「……じゃあ俺は、もう行くんで」
「うん」

 今度こそ、背中を向ける。
 それ以上引き止められることは、なかった。





「……すみません、雲雀先輩」

 呟き、足を止める。顔を上げた。
 目の前には寮の入り口。自動ドアの閉じたそこを通れば、部屋までは一直線だ。
 うるさい先輩方と何度も何度も騒動を繰り広げた、あの部屋に。

 だが。

「……嘘、つきました」

 目を閉じる。
 3秒だけ立ちつくして、きびすを返した。背を向け、歩き出す。
 自動ドアとは真逆の、外へ。

「やあ」

 狙ったように声が降る。実際、狙っていたのだろう。
 悠馬は沈黙を貫いた。ただ、前へと足を運ぶ。

「無視?」
「……。」
「つれないねぇ。相も変わらず」

 爪先から、一気に体が冷え込むのがわかった。
 進行方向、自分のきっかり5歩先に、ふわりと1つの影が落ちる。

「――久しぶり。……いや、2回目か」

 無言で唇を引き結ぶ。
 足を止め、悠馬は顎を上げた。赤い空から鴉のごとく身軽に降り立つ相手を見つつめる。

「……リューマ」
「レイト」


 沈む夕焼けに赤黒く照らされて、かつての相棒――レイトは、口元を歪ませた。


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