取り戻せ!記憶そうし、つ?
例えば目の前に自分の嫌いな食べ物がある、そんな状況だとしよう。
そして自分と嫌いな食べ物、その間に1枚の曇りガラスを置く。なぜとかなんでとかwhy?とかそんなことはどうでもいい。置くのだ。
そして、その曇りガラス越しに食べ物を見る。あいまいにぼんやり、ボヤけて濁った輪郭のそれを。
「今のテメーはそんなんだとよ」
「なるほどわからん」
獄寺隼人が寮の自室にいる、それ以上にわからない。困った困った。
ガンッ、「てめっ、人がせっかく説明してやってんのに、」
「ドア蹴るか話すかどっちかにしてくれ」
「ドア蹴るのはいいのかよ!」
自分でやっといて自分で回収。良いノリツッコミ(?)の形である。
悠馬の脳内に浮かぶのはその程度の感想だ。だてに毎日チンプンカンプン(様々な意味付けを含む)な先輩方と渡り合っていない。
「……で、わざわざ学校の後に部屋まで来て説明してもらったのは有難いんだけど」
「あ?」
「サッパリわからんから帰ってくれるか」
「てめーはホント身も蓋もねぇな!」
「いやどっちかっていうと血も涙もない?」
今度は悠馬がツッコみ自虐に走る。自分を自分で煽っていくスタイル、うんいや何言ってるかはちょっと悠馬にもよくわからない。
「……まあそこまで俺も薄情じゃないよ。先輩方は多分おそらくきっと何もなく予想を裏切らなければまだ帰ってこないし、お茶でも飲んでく?」
「すごく不安定な予想だな……」
半分開いたまんまのドアに背を預け、獄寺が何とも言えない顔付きになる。致し方ない、なんせ常に予想の斜め上どころか真上を突っ走るあの2人なのだ。ろくでもない。
「いや、オレはただリボーンさんに言われたこと伝えに来ただけだ。いらねぇよ」
「俺こう見えてもお茶入れるの上手いよ?」
「お前はそんなにオレに茶を飲んでって欲しいのか?」
獄寺の顔がまたも何とも言えない感じに変わる。雨だと思ったら降ってきたのは蛙だった、みたいな。いやそれはえげつなさすぎるか。
「……んー、よくわからないとは言ったけど……」
「?」
頭をかき、悠馬はつま先に目を落とす。
『――リューマ、いた』
『……ヤコブ』
『その組織内で1人、才能と気質を買われ最も崇められていた次期ボス候補の少年がいた。そいつの名前が――』
「……もやもやすんのは嫌なんだよ」
ぽつり、悠馬はため息と同時に言葉を吐く。ふと顔を上げれば、なぜか珍妙な顔をした獄寺隼人。
「え。何その顔」
「……お前、面倒ごとは嫌いだって顔してんのに」
「ケンカ?ケンカ売ってんの?」
多分買っても負けるが。
「そういうところは、意外とハッキリさせてぇんだな」
何やらボソッと呟かれ、ぽんっと頭に手が乗った。
「?!」
「ま、10代目も気にされてたし……リボーンさんが目付けてっからな、しょーがねぇ。オレもちょっとは協力してやるよ」
「はあ?!」
なぜか唐突に友好的だ。そして微妙に上から目線。
「いや要らないし!協力って何を?!」
頭から手を振りはらいつつ叫ぶ。
「てめーが忘れてる記憶についてだバカ」
「ありがた迷惑!」
そもそも、と悠馬は人差し指をビシッと立てる。
「医者が『忘れたい記憶なら忘れたままがいいのでしょう』ってほかった記憶喪失を、早々ひゅんっと戻せるワケが、」
「ここにダイナマイトがある」
「何をする気ですかね君は」
あまりにあっさり言われて語尾が乱れた。キャラ崩壊突っ走るレベルには衝撃である。
「そりゃ、一発かませば記憶の1つや2つ」
「かますレベルが半端じゃない」
「チビボムにしといてやるよ」
「威力の問題とかじゃねーから!」
頼むから爆発系から遠ざかって欲しい。何が悲しくてクラスメイトに黒コゲにされねばならないのか。
「んじゃどーすんだよ。いつまで経っても戻んねぇだろお前の記憶」
「もう少し優しい方面でお願いしたい」
「ショック療法にも色々あってね」
「いやだからショック療法はもう要ら、は?」
「ただいま悠馬」
ちゅっ、と頬辺りで音と温度が弾けた。
「……っっっッ!!ひ、ばりせんぱっ、」
「ヒバリ?!てめぇいつの間に、ってか今お前……!」
「やあ獄寺隼人、邪魔だね」
「言葉の前半と後半のつながりゼロ」
邪魔っていうか殺していい?みたいな凶悪な笑みで雲雀が言う。安定の悪人面にきっちりツッコミは挟みつつ、悠馬は内心かなり驚愕していた。腰抜けるかと。
いつの間に現れたのか、ドアにもたれかかる獄寺隼人と悠馬、その間に見事に割り込む形を取っている雲雀。何この人怖い。
前世はスライムだったのだろうか。でなきゃ半開きのドアから入って来られはしないだろう。
「で、君たち何してるの?」
「そりゃ俺のセリフだてめぇ!!今、何を、」
「マーキング」
「はあ?!」
「ああ、名前記入?」
「その『いい言葉思い出した』って顔やめてくれませんか」
頭が痛くなってきた。この人ちょっと色んな意味で安定すぎる。
不動か?不動の精神か?
「……とりま獄寺、話の続きは今度にしよう」
「はあ?!なっ、てめ、」
「記憶取り戻す前に頭が痛いんだよ!」
これ以上頭痛の種を増やしたくはない。
かくして、獄寺隼人はポイッと部屋の外へ放り出される羽目になった。悠馬に悔いはない。まる。