ルームメイトあるある?そのいち
「悠馬!!」
「えっなんすか雲雀先輩」
スパーン、という音が似合いそうな衝撃で扉が開く。いや実際扉はふすまのような横開きではなくこくごくよくあるドアノブ式なので、そんな訳ありはしないのだが。
「君、僕の買っておいたハンバーグ食べたね」
「はんばーぐ」
悠馬は思わず真顔で復唱した。え、今この人なんつった?
海の向こうの言語でも聞いたような気分になる悠馬の頭上、次々並ぶは大きなハテナ。
だが珍しく肩で息をし目をギラつかせと(こっちはあんまり珍しくもなかった)非常に危ういオーラを放つ元・現風紀委員長さんは、口を再度開いて低くうなった。それはそれは地でも這うような不穏な声音で。
「だから、僕が冷蔵庫に入れておいたハンバーグ、食べたね、って言ってるんだよこの用無し鼓膜」
一度聞き返しただけでえらい言われようである。ていうか一言一言区切るものだからやたら怖い。何この気迫。
悠馬の脳内で「相手を全力で貶める罵倒」の項目に雲雀の斬新かつ冷徹な悪態は物の見事にランクインした。しつつ、悠馬はとりあえず真っ先に浮かんだ言葉を口にする。
「れいぞうこ……は、冷蔵庫?」
今度は二度復唱した。いやいやだって、ハンバーグ?冷蔵庫?
いやそれよりなにより大切なのは、
「俺、先輩のハンバーグなんて食べてませんけど」
っていうよりそんなもの見てませんけど。
「嘘吐くな、10分前にちゃんと入れておいた」
「なんて短時間での消滅」
足でも生えたんじゃないですか?と言えば即刻トンファーが来た。なんてこった。
「……つまり、帰宅してすぐ冷蔵庫に収めたハンバーグが、片付けと明日の支度の間に消えていたと」
「そう」
悠馬は呆れてため息をついた。呆れた。というより呆れきった。
要約しよう、つまりこの先輩は、帰宅して即刻ハンバーグを冷蔵庫に入れ(?)、そこからなんやかんやと片したり準備したりとしている間にそのハンバーグを消された(??)という状況らしい。
ひとこと言おう、全く意味がわからない。
なぜハンバーグを寮まで持って帰ってきたのか。冷蔵庫にインとはどういうことなのか。そもそもそのハンバーグはレトルトですか生肉ですかそれとももしやあなたの空想ですか?とかもうエベレストより高く深海より深く疑問はざくざく湧いてきたが、ココはツッコまない方が懸命だろう。
特に最後の質問については何が何でも言ってはならない。恐らく死ぬ。きっと死ぬ。
「残念でしたね雲雀くん!!」
「君か六道咬み殺す」
すぱーん、とこれまた良い勢いで雲雀の後ろのドアが開く。立っているのはなぜか仁王立ちして高笑う骸、そして無駄にテンポ良く返す殺気立った雲雀。
ああこれ嫌な予感がする、と悠馬は遠い目付きで思った。もはや解決する気はゼロである。
「君のハンバーグは僕の胃の中です!!10分で解凍して焼いて食べ切るのはなかなか困難でしたが頑張りましたよ君を全力で萎えさせるために!!」
「努力の仕方が最高に無意味です六道先輩」
どうしてそこを頑張った。
「しね六道」
「名前を書かない君が悪いんですよ!!」
「ハンバーグ買ってくるとか雲雀先輩しかいないじゃないですか……」
ここでひとつだけ疑問が解消:ハンバーグはチルド製だったらしい。
ああなるほどだから冷蔵庫に、とズレたところで1人納得する悠馬の前、トンファーと三叉槍が手狭な寮の天井を華麗に舞った。
この後、雲雀はありとあらゆる私物(食品含む)に名前を記入するようになったとか、ならなかったとか。
数日後。
「……雲雀先輩、コレ俺のマグカップなんですが」
「僕の物に名前を書くのは当然でしょ?」
「なんて堂々としたジャイアニズム」
お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの、という某名ゼリフが脳裏を盛大に蹂躙する。うんそうか。
「あのですね雲雀先輩、もう1個マグカップ欲しいなら今度買ってあげますから俺のに記名するのは、」
「別にカップが欲しいわけじゃないよ」
「やめてくださ――、は?」
「コレは記名っていうよりも、」
不意に腕が伸びる。雲雀の発言の真意を捉えあぐねて硬直していた悠馬は、あっさり肩を掴まれた。
「マーキングだから」
瞬間、ちゅっと首元に強く吸いつかれた。
「………っっっッ?!」
「うん、綺麗に付いたね」
くっきりしてる、平然とそう言い雲雀が離れる。
とっさに悠馬は首筋を押さえ、思いっきり後ずさった。というより後ろに飛んだ。
「、なっ、にするんですかあんたは!」
「だから、マーキング」
「ま、」
絶句した。色んな意味で言葉が出ない。
「まあ牽制にはなるでしょ」
「……は?」
「言ったハズだよ」
くすり。妖艶に微笑み雲雀がドアノブに手をかける。
その右手には、同じ名前の書かれた2つのカップ。
「六道骸なんかになびかないでよ、って」
パタン、
いつぞやとは大違いな静けさで、ドアは閉まった。
「……最悪だ……」
雲雀の出て行った部屋で、悠馬は1人机に突っ伏す。
首筋がチリッと痛む。顔が熱い。
ほんと、碌でもない。だって、こんな。
一体、どうすればいいというのだ。
「……これなら、名前書かれる方がマシだった……」
首筋に残る微かな熱。
それは、記名なんかよりずっと露骨で鮮やかな、独占欲と所有者の証。