掘り起こせ!記憶喪失
「おめーの正体がわかったぞ、悠馬」
ドアを開けたら、何やらものすごくスタイリッシュな赤ん坊とご対面。え、なにこれドッキリですか?
ぽかんと口を開ける悠馬の足元、朝っぱらから目に良くなさげなニヤニヤ笑いを浮かべる黒く小さな塊がドーン。言わずもがな、黒いスーツにボルサリーノの、リボーンとかいう赤ん坊である。
ツッコミどころは山ほどあったし、その頭の帽子は特注ですかそれとももしや自作ですかいやいやツナに作らせたのかなそうだよな、とやっぱりツッコミどころは星ほどあったが、とりあえず悠馬は口をつぐんだ。いかにも間抜けな口開け面を、このニヒルな笑みを浮かべる赤ん坊に晒すには、まだちょっとプライドが許さない。なんのプライドかは悠馬自身にもよくわからないが。
「……えーと、ところでなんの正体だって?」
「おめーの正体だ、悠馬」
多分なかなか不思議な顔はしてたと思う。え、一体何がなんだって?
「……ショウタイ、とは」
「お前はマフィアだ、悠馬」
「うおっとそーいや俺今日1限からあった!」
「逃げてんじゃねーぞこのアホが」
くるっと背を向け部屋に飛び込みかけた悠馬に、遠慮のない跳び蹴りが決まる。ぐえっ、と悠馬は呻きと吐息を多量に吐き出し、ドアの前へと転がった。
「……いやいや待てってクールビューティーな赤ん坊さん。俺が、一体何だって?」
「マフィアだ」
どーん。
なんにも有難くないひとことである。
「……いやいややっぱり待とうって。なんで俺がマフィアなの。意味不明だし、」
「ヤコブ」
ぴしん。
奇妙な音がして、動けなくなった。違う、動けなくなったんじゃない。動かなくなった、んだ。
体が。
「アタリだな」
凍りついたように固まった悠馬を見上げ、赤ん坊がカッコよく笑う。いやカッコつけられてもこちらは困る、なんたって今から学校なのに。
そう、学校なのだ。今はまだ朝で1限前で、でもっていつも通りに授業を受けて、そんで騒がしいルームメイトのいる部屋へ帰って明日の準備と宿題をこなして――。
そんな、当たり前の日常を。
「おめーには思い出してもらわないと困る」
にやり。愛らしい唇が非常に大人な笑みを作る。
なんてことだ、こんな見かけなのにこの色気。今時の子供は発育がちょっと早すぎやしないか。
「……おもい、だすって」
「後ろ暗さでならトップを走る大手マフィア、"ヤコブ"。……その組織内で1人、才能と気質を買われ最も崇められていた次期ボス候補の少年がいた。そいつの名前が、」
「『リューマ』」
息を呑む。
見下ろした先で、ボルサリーノの赤ん坊はもう笑っていなかった。
「……思い出してきたみてぇだな」
「な、……なに、何、が……」
今の。
ぽつり、漏らし悠馬は頭を押さえる。口から零れ落ちたのは、紛れもなく知っている名前。けれど記憶に無い名前。違う、
"記憶に無いはずの名前"。
「……な、」
「まあ今はそんなトコだな。後はてめーで考えろ」
「は?!」
まさかのここで放棄宣言。嘘だ。
「ちょっ、ちょっ待て放置プレイ?!ここまで教えたんなら最後まで、」
「悠馬くん、君放置プレイに興味があったんですか?!」
「ちくしょう厄介な奴呼び起こした!!」
ぐわしっと背後から肩を掴まれ、悠馬は悲鳴に似た叫びをあげた。けっこう絶望的な本音である。
そうだ、今更思い出したがここ部屋の入り口だった。んでもって今自分の部屋にはとてつもなく厄介なルームメイトが2人。
「じゃあな、悠馬。おめー1限が待ってんだろ?遅刻すんじゃねーぞ」
「フフフ、残念でしたねアルコバレーノ。彼は今から僕とのプレイで1限遅刻決定です」
「潰れろ果実」
ぐぐぐっ……と前へ足を伸ばす悠馬と、ぐぎぎっ……とその肩を引っ張り後ろ(=部屋の中)へ引きずり込もうとする骸。朝っぱらからハードな綱引き状態である。
「放してください六道先輩、俺には朝からあなたの馬鹿げた虚言癖に付き合ってる暇はないんです」
「夜ならお付き合いして頂けるんですか?!」
「そのとってもポジティブかつ自己中なとこはある意味心から尊敬します」
この2秒後に「君達何してんの通れないんだけど」と雲雀がトンファーと同時に言葉を投げつけることで、どうしようもなく不毛な引っ張り合いは強制的に終了した。