予兆だけを静かに残し
『リューマ』
笑っている。
……が、笑う声が聞こえる。
『リューマ』
『……何』
『お前さ、』
半月形に開いた口が、自分を嘲笑うように歪んだ。
『――どうして、オレの事を忘れてるの?』
「……ん!悠馬くんッ!」
「ん……」
うっすら、目を開けまばたきをする。
パチパチ、数度に分けて目をしばたけば、徐々にクリアになる視界。
「やっと、起きましたか……」
ぼんやり目をやる悠馬の横、ほうっと安堵の息を吐くのはずいぶん見慣れたふさ頭。
「六道先輩……」
「全く、元気だけが取り柄じゃなかったの君」
「……雲雀先輩」
この失礼な物言いは、紛れもなくそうだろう。
反対側に顔を向ければ、ムスッとした顔の風紀委員長。
「……あれ?俺は……」
「突然倒れたんだよ。おかげで不法侵入者を咬み殺し損ねた」
「え……」
「外傷は無いようですし、トライデント・シャマルも大丈夫だと言っていましたが……どこか具合が悪くないですか、悠馬くん」
「……ええ、と」
とりあえず、トライデント・シャマルって誰だ。
似たような名前のロクでもない寮長なら知ってるけど、と動きの鈍い頭を巡らせながら、悠馬は周りの状況を確認する。
いつの間にやら寝かされていたらしく、体の上にはご丁寧にもぶ厚い布団。え、なんか3人分乗ってるように見えるのは気のせいか。気のせいだな多分。
掛けられていた(推定3人分の)布団をどけ、ゆっくり悠馬は起き上がる。が、突然ガクッと力が抜け、またもや枕へ頭が逆戻りした。
「うわ……何これ。力入らない」
「やっぱりどこか体の調子が……」
「もう一度ヤブ医者を呼んだ方がいいかもね」
「え、いや、ええっと……多分大丈夫です」
「何言ってるんですか悠馬くん。大事に至ってからでは遅いんですよ!」
「え、ええ、と」
なぜか怒ったように顔を険しくし、ずいっとこちらへ詰め寄る骸。どうでもいいが顔が近い。え、なになに。
「ちょっと六道、悠馬に近付かないでくれる」
そこへぐいっと頭を引き寄せられた。え、次はなんだと唯一動く目だけ上げれば、両腕で悠馬の頭をかかえ、ぎゅっと抱きよせる雲雀の姿。
え。いやマジで何コレ。
「雲雀君!何ちゃっかり悠馬くんに接触はかってるんですか!それが許されるのは僕だけですよ!」
「いつ誰が許したんすか六道先輩」
とりあえずツッコめるところはきっちりツッコみ、悠馬はここらでやっと離れてくれた雲雀に心から感謝した。距離が近すぎて地味に緊張する。
……ん?緊張する?
「またそう言うことを言って悠馬くん!本当にツンデレの塊ですねっと?!」
「煩いよこの南国頭。髪型がソレなら頭の中身も似たようなものとか残念すぎるね」
「ちょっ雲雀君、トンファーでいきなり人を殴ってはいけないと幼い頃習わなかったんですか?!習いませんでした?!ねえ!」
ベッドに沈む悠馬の前、ドタバタと煩く騒ぎ出す2人の先輩。
もはや見慣れてしまったその光景に、見慣れてしまった自分が悲しいと思いながら悠馬は小さくため息をついた。
が、そこでふと疑問が浮かぶ。
「……あいつ」
突如現れ突如消えていった、謎の影。
自分のことを、妙な名前で呼んでいたような――。
「……誰だったんだ……?」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ骸たちの耳に、
ぽつりと呟かれた悠馬の声は届かなかった。