静かな予兆
「……リューマ、いた」
え。
え。
え、な、に――。
ぶぉんっ!
目の前に伸びた、白い指先を茫然と見ていた――そこへ。
もう聞き慣れた――それはそれで怖い――、風を切る音。
「……ねえ」
パラリ、かすめた壁から小さな欠片が零れ落ちる。
「不法侵入者は、咬み殺すよ」
「……ひ、ばり先輩……」
「悠馬、君何ぼさっとしてんの。遂に頭がいかれたの?馬鹿の極みに達したの?」
「出鼻から人のメンタルえぐんのやめて下さい」
この人はどこまでもこうなのか。
哀しみを通り越して呆れを感じながら、しかし悠馬は内心ほっとした。何がなんだかわからないが、雲雀が乱入してきた瞬間に、場の空気がいつも通りに戻った気がして――骸と3人でバカ騒ぎする、あのいつもの部屋の空間に。
そんなわけは、無いはずなのだが。
「……ふうん、よりによって僕の部屋に侵入するだなんて、度胸があるね」
ニヤリ、武器をかまえて言い放つ雲雀に悠馬は内心突ツッコんだ。待て、誰が僕の部屋だ、ここは「俺の部屋」だよ。
「まあいいや。どうする?ここでやるかい?」
「えっ、待ってくださいよ先輩、ここでって」
「どこからでもかかってきなよ」
「聞いてます?ねえ聞いてますか?」
これ以上部屋破壊するつもりですか?
後ろで一生懸命アピールするが、どこまでも自己中な先輩に聞き入れるという言葉はないらしい。
これは困った、と天井を仰ぐ悠馬の前、先ほどから微動だにせず窓枠にたたずむ相手の黒い姿が、ゆらりと揺れる――てかバランス良すぎかよ。
あれ、待て待て待て。
あいつ、トンファー、受けたよな?
ふとよぎった考えに鳥肌が立つ。雲雀先輩のあの最強の一撃を、避けた……?
自分のことは棚に上げといて思考を進める悠馬の前、雲雀は武器をかまえ悠然と対峙する。
「さあ、おいでよ。最近強いわりにネジのすっぱ抜けたような奴しか相手にしてなかったからね、楽しみだ」
……それは骸先輩のことかな?
あいかわらず毒舌な、と口元を引き攣らせた悠馬をよそに、しかし窓枠の相手は何も言わない、というより動かない。
え、なんなんだあいつ本当に――そう思った瞬間、
クスリ。
笑い声が、聞こえた。
「……成る程、これは一興一興……」
『見ものだね、是非――』
「……え」
突然、耳元でよみがえった声に――息が止まる。
「……今夜は、やめておくよ」
小さく、面白がるような声で付け加えられた言葉に、
くらり、目まいがした。
「……『リューマ』が、目覚めてないようだしね」
『――是非、殺してみてよ、オレの事』
ああ、と。
自分の声なのに自分でない誰かが――確かに、そう言った。