Roommate! | ナノ
現在、状況は混乱を極め

 現在、状況は深刻を極めていた。



「……ねえ、悠馬……」
「……ちょっ、ひば、りせん、」
「君、すっごくいい匂いするね……」
「な、に言ってんだこの酔っぱらいがっ……!」
 悠馬は目の前でうっすら笑う雲雀を睨んだ。
 眼前、鼻先が触れ合うほどの距離で、とろけたような瞳で見下ろす雲雀。

 現在、悠馬は雲雀にベッドで押し倒されていた。


 時を数分前にさかのぼれるものならさかのぼりたい。
 そして絶対違う行動を取らせる、と数分前の自分に誓う。
 だが現状は何も変わりなく、そうつまり、

 目の前に、それはそれは加虐的な笑みを浮かべた雲雀がいる、という膠着状態なワケで。

「……まじどけあんた」
「先輩に対する口のきき方がなってないね」
 ぐぐっ、と手首を強く掴まれる。
 掴まれるぶんならまだいい、が、このばかみたいに力が強い先輩は手加減なんて知らないのだ。みし、と嫌な音を立ててきしんだ骨に、悠馬は顔をゆがめた。
「……っ、いった……」
「……ふふ」
 何が面白いのか、くすりと笑みをこぼし動き出す雲雀。
 一瞬手首が離された、と思う間もなく頭上でひとくくりにされる。
 カチャン。
 冷たい感触にぎょっとして顔を反らせば、両手を拘束する手錠が見えた。
「……な、んて物持ってるんすか、ていうか使い方、」
「何が?」
 これで合ってるでしょ、
 そう言うと雲雀は妖しく笑う。
「手錠は自由を奪うものだからね」
「……っ、マジ離れろ酔っぱらい」
 すぐ近くで笑んだ、雲雀の吐息と酒の匂いに一瞬、くらりと来たなんて――さすがに、ありえない。

「ヤダ」

 ふう、と耳元に吹き込まれる熱っぽい囁き。
「、あ、」
「……ふふ、耳弱いんだったね」
 びく、と思わず跳ねた悠馬に、首元に顔をうずめた雲雀がくっくっと喉で笑う。
(……こいつ、)
 再び耳をかすめる吐息に肩を震わせながら、悠馬は必死で声を呑み込んだ。
(……絶対酔ってやがる)
 でなきゃこんなことしてくるはずがない。

 珍しく荒々しい足音とともに(ドアはいつも破壊しそうな勢いで開けるが)帰ってきた雲雀をひとめ見た瞬間に、おや、とは思ったのだ――なんか、様子がおかしいな、とは。
 その色白な頬が赤くなっていて、目元もどことなくゆるんでいてーと、そこで漂うアルコールの匂いに気が付いた。
 あ、この人酒飲んでやがる、と。

『……ちょっと、あんたまだ酒飲んでいい年齢じゃないでしょう雲雀先輩』
『……僕はいつでも好きな年齢だよ……』
『足取りあやしいじゃないですか……ほら、とりあえずシャワー浴びてきてくださいシャワー』
 目ぇ覚めるかもしれませんよ、と悠馬が追い立てれば、
『……ううー……』
『ちょっ、俺の頭にくっつくな、くすぐった、』
『……なら……君もいっしょに入りなよ……』
『いんすけど……て、はあ?!』
 なにをいったい、と信じられないものを見る思いでやっと雲雀を引きはがし、バスルームへと追い立てた、のだが。
 思えばあの時から予感はあったかもしれない――と、悠馬は数分前の自分を盛大に恨んだ。


 ぺろ。
「……ッ?!」
「……なに君、首も弱いの?」
 突然首筋に感じたざらりとした感触に、思わず肩が跳ねる。
「……っ、ほんと、あんた、」
「へえ。……いいこと知った」
 ぺろり。
「……っ、」
 悠馬の抗議などきれいさっぱり無視して、再度首を舐めあげる雲雀。
「、やめ、う、」
「……良い声」
 ちゅっ、と強く吸われ、目まいがした。
 耳元をかすめる、雲雀の酒混じりの低い声音に、
 首筋に感じるざらりとした舌の動きに、
 視界いっぱいに広がっていた、白い天井がじわりと滲む。
「……ふふ」
 ぐい、と顎を掴まれ引き戻される。
 天井の代わりに視界を覆うのは――ひどく整った綺麗な顔立ち。
「今の君、すごくいい顔してる」
「……っ、は……」
 何言ってんだこの人は。
 ほぼ反射で睨み上げた、瞬間――。


 雲雀の唇が、悠馬の口を塞いだ。


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