弱り目祟り目
「38度」
「人間の温度ではありませんね……」
「人間だよ」
突っ込んだのはほぼ反射だ。悠馬は咳き込み力なく枕に頭を沈めた。
たいして大きくもない寮特有のベッドの両サイド、
揃ってこちらを覗き込む2つの顔に、よけいに熱が上がりそうな気がした。
朝起きたらとてつもなくだるかった。
重たい頭に嫌な予感を覚えながら、しかしまあなんとかなるだろうとフラフラしながらいつものように朝ごはんを作ろうとして、そして、
「あんな凄い音が人間の頭と床から聞こえるとは思わなかったよ」
「僕もさすがに目が覚めました」
「先輩方ほんとに心配してるんですか?」
なんでもフライパンとともに床に倒れ込んだらしい。それでも卵は無事シンクの上にあったというんだから、食材を死守したことを褒めて欲しいくらいだ。
「……というより雲雀くん」
「何」
「どうして君が悠馬くんを抱っこしてベッドまで連れてきちゃうんですか。そういう時は速やかに僕に任せてくださいよ」
「絶対心配してないですね」
今はっきりとわかった。
「にしても、確かに珍しいね」
さらり、ベッドに横たわる悠馬の前髪をかきわける雲雀。
「……何が、ですか」
冷たい指先の温度が気持ちいい。口には出さないが悠馬は目を細めた。
「風邪や病気のたぐいとは縁遠そうな君が、38度の高熱だなんて」
「……そうですか?」
「ですねえ」
ずい、と逆側から身を乗り出す骸。
「なんかこう、弱ってる悠馬くんというのはなかなか見ませんから」
「馬鹿にしてるんですか?」
「けっこう純粋な心配心から言ったんですけど?!」
悠馬くんって僕の発言にいちいち突っ掛かりますよね、とかなんとかぶつぶつこぼす先輩はきれいに無視する。実際けっこう突っかかってはいる。だって骸だし。
「何か食べたい物とかあるかい?」
「え……」
「何その顔」
「雲雀先輩が優しい……」
「早く治してもらわないと良い対戦相手が減るからね」
「あ、そうですよネー」
ちょっと喜んだ自分があほだった。
「そうですね……何か欲しい物はありますか?なんなら僕が口移しでほがぁっ」
「え」
悠馬は目を見張った。
重たい足を動かして蹴りあげようとは思ったのだが、それより早く骸の頭を雲雀がはたき落としたのだ。
むろん、トンファーで。
「……痛い!雲雀くん、君バカですか?!トンファーで叩いたら痛いでしょうが!」
「それだけ口がきけるなら平気でしょ」
騒ぐ骸にもっともな言葉を返す雲雀。その通り。
「じゃあ僕はそろそろ学校に行くよ。六道も遅刻は許さないからね。悠馬、何か欲しいなら帰りに買ってあげるから今のうちに言いなよ」
「……じゃあ、リンゴで」
「いいよ。お代は倍返しね」
「はいなるほど、そうでしょうね」
この先輩に優しさのかけらを感じようとした自分がバカだった。
バタン、とドアが閉まる音はぼんやり聞こえた。
最近やっと普通にドアを閉めるということを覚えたらしい同室の先輩方2人に、次は部屋の中で武器を振り回さないということも学んでほしいな、と悠馬は夢うつつで思った。
思った、ところで。
バッチリ目が覚めた。
「……ちょっと待ってください六道先輩」
「はいなんですか可愛い悠馬くん」
「あんた何してるんですか」
ギシ、と軋みたわむベッド。
当然だ。安っぽいベッドは2人分のるように出来ていない。
「ちょっと悠馬くんを襲いに」
「しね」
ぐぐっと体を起こそうとして気が付いた、だるくて力が入らない。
あ、これマズい――そう思った瞬間、上にまたがった骸が顔を近付けてきた。
とっさに片手でその口を押さえる。優秀な反射神経に感謝だ。
「ふぁにふるんへふか」
「あんたこそ何してるんですか……っ」
ぐぐぐ、と近づく骸。必死で抵抗する悠馬。
もう片方の手を支えに上半身をなんとか起こすが、そこで力が緩んだのか、骸の口から押さえに使っていた手が落ちた。
「あ」
思わず声をあげた瞬間、
「――ん、んっ?!」
異常な速度で動いた、骸に唇を塞がれた。