立ち入り禁止
■ ■ ■
もうそろそろこれはギャグに変換されるべきだ。
「何?」
「いや……哀れだな、と」
「何が」
相変わらず単語で返される。音楽室の扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
廊下は静かだった。水を打ったようにしんとしている。
「あんなに頑張って幻想何とか、弾いてたのに」
「君、わからない名称全部『何とか』で略すのやめなよ」
そっちの方がよっぽど可哀想だ。そう言いため息をつく雲雀は珍しく正論だった。
「っていうか、校歌が良いって言われたからやめるっていうのも……」
「今どきの子はメンタル弱いからね」
俺は横目で隣を見た。そう言うお前は今どきの子じゃないのか。
「とりあえず、下に戻ろうか」
「職員室だっけ」
「ああ。昇降口の鍵もあるはずだよ」
足音がカンカンカン、と踊り場に響く。
ピアノの音は、もう聞こえなかった。
「まあ予想はついてたけどね」「何がだ」
強気と強情は違う。俺はそう思う。
1階と2階の間、踊り場が塞がれていた。何がでかって、
「いつからココは殺人現場になったんだい」
ぺらっと雲雀が黄色いテープをめくる。俺は内心拍手した。
蛍光色のバリケードテープが、何重にもなって階段を塞いでいる。べたべたと蜘蛛の巣みたく貼られたそれはハッキリ言って気味悪い。俺は一歩上の段に戻った。
「行くなってことか」
ご丁寧に「KEEP OUT」と印刷されたテープをなぞって雲雀が呟く。
俺は嫌な予感がした。
「無意味な努力だ」ベリベリベリッ。
うっかり落ちかけた。すんでのところで手すりをひっつかむ。
「……ちょっ、おい雲雀!」
「ん」
数段下から見上げられる。片手にオブジェみたいな黄色いテープを持ったまま。
「いや、なに普通に引きちぎってんのお前」
「トンファーじゃ千切り辛いだろ」
何言ってんの。訝しげな目で見られて頬が引き攣る。いやいやいや。
「それ明らかに触ったらヤバ、」
『ネェ』
後ろで、声がした。
雲雀の瞳孔が揺れる。全身からさっと血の気が引いた。
震える手の上へ、何かが乗る。手すりを掴んだ手の甲に、冷たく湿った、
『アソビま、ショ』
もう嫌だ。
切実にそう思った。