雲雀流退治法(notトンファー)
■ ■ ■
扉を開けた瞬間、音がピタリと止んだ。
「何びびってんの」
雲雀がめんどくさそうに振り向いた。俺の足も止まっている。
「……な、んで止まんだよ」
「休符でしょ」
こいつのポジティブさは表彰モノだ。
全身鳥肌が止まらない俺の前、雲雀は勝手に奥へ進んでいく。正直廊下に回れ右したい。だが手をガッチリ握られている。
諦めた。ずんずん進む背中を追って、音楽室の後ろへ突き進む。
年代物のピアノがぽつんとあった。近づくにつれ、その輪郭がはっきりする。はっきりして、俺は見なければよかったと思った。
フタが空いている。それもマックス限界まで。
「戻ろう」
「どこへ」
小声でささやく。雲雀は学ランを翻しもしなかった。
「廊下だよ」
周りを見たかったが見れなかった。並ぶ机の間に人影を見るのはもうごめんだ。
雲雀はさらに突き進む。机の列を通り抜け、1番奥で沈黙するピアノに。
おかしいだろ。俺は目線を床に固定することに決めた。なんでフタ全開なんだとかもう考えたくない。
「絶対またなん」ガッシャーンッ!!!
これほど死にたいと思ったことはなかった。逃げ出したかったが足がくっつけられたかのように動かない。
ついでに右手も接着剤でも使ったかのようだった。指先すら動かせない。
「ねぇ」
雲雀はなぜか呼びかけた。ピアノに。それも、今しがた全ての鍵盤を鳴り響かせたピアノに。
ピアノは当然沈黙している。だがその鍵盤の上に、何かがジワジワ染み出すのが見えた。見えて、本気で死にたくなった。
血だ。暗くてよく見えないが、多分血だ。
「ひ、ばりッ」
「、」
ポロロンポロロ、……。
何か言いかけた雲雀の前、いきなりピアノが鳴り出した。当然誰もいない。
ただ鍵盤だけが上下している。動くたび血が浮かび出す。斑点のように。
蛙が喉を絞められたみたいな声が出た。喘ぐのと呻くのが混同した。
ショックで動けない俺の前で、だがどうしてか雲雀は雲雀だった。
「ねぇ」
雲雀が口を開く。爆音で流れるような旋律を紡ぐピアノに負けまいとしているのか、珍しく声を張り上げていた。
「悪いけど、僕は並中の校歌の方が好きなんだ」