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廊下での攻防

■ ■ ■


「幻想即興曲だ」
「何?なんて」
 かろうじてげんそう、は聞き取れた。俺も幻想だと思いたい。この状況が。
「幻想、即興、曲」
 雲雀がひとことひとこと区切るように発音する。言外に馬鹿だと言われている気がした。
「ショパンの有名な曲のひとつだ」
「お前意外と博識なんだな」
 死にたいの?
 雲雀の視線に俺は黙る。
 階段を駆け上った。さっきは降りようと言っていたのを逆に上り詰めているのだから、不思議なものだ。心底下りたい。
 うっすら、輪郭だけで段差を判断している俺の前、黒い背中ががくんと止まった。危うく転びかける。俺はグラつきながら右足一本でその場にとどまった。
 フラミンゴ並みのバランス力だ。もう多分一生使えない。
「おいおま、ひば――」
「ろくどう」
「は」
 妙に舌ったらずに聞こえた。瞬きする。
 多分、気のせいだった。正確に言うなら聞き違えた。別に雲雀は舌ったらずに言ったんじゃない。ただ、

「……殺す」

 聞いたことが無いほどの殺気に満ちていただけだった。


 曲調がゆったりとしたテンポに変わる。同時に金属音が破裂した。曲を破壊しようとするかのごとく。
「雲雀恭弥、じゃないですか。君もアルコバレーノにいざなわれて、ここへ?」
「いや、違う。けどどうでもいいよ」
 雲雀がうっすら笑った。凶暴的かつ残忍だった。
「六道骸、君はここで咬み殺す」
「後ろのオトモダチが困っているじゃありませんか。僕より先に、この学校で起きている怪異をそうにかするべきでは?」
 おともだち。聞き慣れない単語だ。俺と雲雀を表すなら多分、コーラとカレーくらいが正しい。間違ってもお友達なんて可愛らしい言葉が似合う関係ではない。
 目の前、廊下のど真ん中でトンファーと長い武器(……槍?)が激突する。今にも火花が散りそうだ。
 俺は階段の上でぽかんとそれを見ていた。いかにも間抜けな片足立ちで。
「……雲雀、ソレ、知り合い?」
「それとは失礼な」
 礼儀がなっていませんね、とか言う男は笑っていた。いやニヤついてるのかもしれない。どっちにしろ動きが速すぎるし暗いしで表情も格好もわかりゃしない。
 激突する向こう側で、未だピアノは流暢に続いていた。「音楽室」とかかれた板が扉の上を飾っている。俺はどうすべきか途方に暮れて、とりあえず片足を下ろした。
「隙だらけだよ」
「!」
 鈍色が尾を引いた。ろく何とかと呼ばれていた男が、勢いよく後ろにふっ飛ぶ。
 ガタッと派手に廊下の奥にぶつかった。音楽室の扉が思い切り揺れる。
 一瞬、ピアノの音が途切れた。驚いたのかそれともたまたまか。俺には判別がつかない。
「相変わらず凶暴ですねぇ」
 ろく何とかは口元をぬぐいつつ立つ。俺はおもむろに親近感を覚えた。その言葉は間違っていない。むしろ真実だ。
「早く咬み殺されなよ」
「それは嫌ですねぇ」
 雲雀が更にトンファーを振る。相手はそれをすり抜けた。そのまま、こちらへ突進してくる。
 階段で傍観している、俺の方へ。
「!」
 雲雀がありえない速度で振り返った。俺を見て、何か言いかけるようにその口が開く。
 だが男の方が早かった。瞬きする間もなく目の前にいる。は?
 のけぞる。同時に、ひやりとした感触を喉元に感じた。


 唾を呑み込む。ごくり。嫌に大きな音がした。
 急に廊下は静まり返る。俺の耳に、確かにピアノの音が聞こえた。静かに、なぶるように滑らかな音が。
「……君」
 目の前に男の瞳があった。ほとんど黒く見える。
 瞳孔が細まる。一瞬、確かに笑って見えた。気のせいかもしれない。
「……まさか、」
「放せ六道」
 唸ると吐き捨てるの中間みたいな声が響いた。俺は目を見開く。
 途端、目の前で男の姿が三重くらいにブレた。一瞬だ。と、同時に喉元も解放される。
「ゲホッ、ゲホ、」
 咳込みつつ膝を折った。肩に手が置かれる。一瞬で雲雀だとわかって、助けてくれたのかと顔を上げた。
「ドジ」
 違った。馬鹿にしに来たの間違いだった。
「あんなのどうやって避けろって?」
「反射神経」
 人間じゃない。
 雲雀は俺をじろじろ見た後、俺の肩から手を放した。そのまま、無言で差し出す。無様に沈んだままの俺の前へ。
「……?」
 とりあえず握ってみた。と、いきなり目の前がブレる。
「?!」
「とろいことしないでくれる?音楽室に行くんでしょ」
 急上昇した視界に目をチカチカさせていれば、冷淡な声で言われた。
「……引っ張り上げるなら事前報告とかしてくれるかな?」
「は?あの状況で他に何があるのさ」
「握手とか」
 雲雀が俺を見た。言葉がなくともよくわかった。
 今すぐ死ねば?と書いてある。
「……ところでロク何とかはいいのか」
「逃げられた」
「は?」
 俺は周囲を見渡す。なるほど確かに、どこにもあの男の姿はなかった。
「……え、何アイツもお化けなの?」
「お化け?そんなのお化けに失礼だね」
「ハ?」
「とりあえずもういいよ」
 どうせそのうち会うでしょ。さらりと恐ろしい事を言われる。
 急にピアノの音が耳についた。ゾクッとする。さっき喉を掴まれたのとは違う恐怖だった。
 精神的な怖さ。心臓にゆっくり重みがかかってくるような、じわじわした焦燥。

「行くよ」

 雲雀が俺を見ていた。2歩先で振り返ったまま、いたって真顔で右手を差し出す。
 一瞬躊躇して、それから俺はその手を取った。
 心臓が少しだけ、動きやすくなった気がした。
 




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