音楽
■ ■ ■
「うわぁあああ……ッ、」
「君、叫ぶかうめくかどっちかにしなよ」
「うわぁあああっ!!」
「煩い死ね」
ヒュッと何かが頭上をかすめた。頭ギリギリだ。
「っぶなッ!何してくれ、」
「いなくなってる」
「は?」
「消えてる」
今言い直した意味はあったか。
俺は振り返る。一歩後ろで雲雀が全く同じポーズをしていた。
なんか複雑だ。
「……いない」
「ああ」
後ろには誰もいなかった。がらんとした廊下に、ただ白い月明りだけが射し込む。
確かに誰もいなかった。俺と雲雀以外、誰も。
「……ツナは」
「さあ」
事も無げに返される。道端の野良猫?どうでもいいよ。みたいな。
「……え。置いてきた?」
「じゃない?」
ひょうひょうと雲雀は言う。野良猫というか道端にポイ捨てされた空き缶に対する態度だった。
友情とは実に儚い。そして哀しい。
「……んで、ここは」
「2階だ」
「なんで階段上がってきてんの」
「君が言う?」
「うっ」
言葉に詰まる。雲雀は人相悪く笑っていた。ニヤリ。
確かに、ここまでダッシュかましたのは自分だ。雲雀じゃない。つまり、2階に来たのは俺のせいである。否定の余地はない。
「案外臆病だね、君」
「この状況で悠長な面してるお前が怖い」
閉じ込められた中学校。現れるお化け(?)。点かない電気。
なぜコイツはこうもびびらない。
「お前の心って鋼なの?」
「は?」
雲雀の目は鋼より冷ややかだった。
「誰にも会わないね」
「だな」
正直会いたくもないが。
本音を殺して左右に目をやる。灯りのない廊下は暗い。何が潜んでいてもわからない。普通に恐怖だ。
ビビリだと笑わないで欲しい。隣の平然面が異常なのだ。
「ツナ、鍵がどうとか言ってなかったか?」
「……職員室だ」
ぴた。雲雀が足を止める。
「は?」
俺は一瞬遅れた。慌てて振り返る。
「だから、職員室」
この世の真理を語るような目付きで雲雀が言う。俺はただ見つめ返した。
「……職員室が、何か」
「カギ、あるなら職員室だろ」
「馬鹿なのかい?」と続けられた。屈辱だ。
「……あーハイハイ職員室ね、じゃあ」
「いっかい」
だ、という雲雀の声は聞こえなかった。
ポロロンポロ、ポロロ……。
「……は、」
「ピアノだ」
いっそ厳かに言われた。俺は一瞬で首を90度上に曲げる。
音楽は上から聞こえてきていた。
流れるような曲調だった。綺麗だ。上手い。
感動していただろう。ここが、夜の学校でなければ。
「……何なんだマジ……夢なら今すぐ」
「行くよ」
「いくよ?!」
何か信じがたい言葉が聞こえた。雲雀が俺の横をさっと抜ける。
「は、……待て待て待て!お前どこに」
「音楽室に」
「は?死にたいの?」
「君が?」
「お前が」
「僕が?」
言語の通じない人間を見るような目が来た。このやりとりなら覚えがある。前にもやった。
立ち尽くしている間にもピアノの音は流れ続けている。もうちょっと大きかったら校内放送かと勘違いしていかもしれない。それはそれで普通に怖いが。
「僕は行く。君は残れば」
「死亡フラグ立てんな」
翻る学ランを追う。迷いない足取りに舌打ちをし、俺は口を引き結んだ。
この数十分で、ひとつわかったことがある。
俺の幼なじみは、多分普通の精神してない。