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遭遇

■ ■ ■


「最悪だ」
「何が」
 その単語で話す癖やめろ。付け加えたかったが隣の顔を見て俺は口をつぐむ。
「なんで、電気つかないの」
 雲雀が口をへの字に曲げる。その横、壁のスイッチはパチパチ無意味な音を立てていた。廊下は暗い。というより黒い。
「なんでさ」
「俺に問うな」
 電気代ならちゃんと払ってるのに。そんな主婦じみたセリフが聞こえてきそうだ。それも熟練の。
 簡潔に言い換えるなら、こんな事態でも雲雀は雲雀だった。この異常事態を少しも気にかけていない。
「……明らかにおかしいだろ」
「何が」
「なにが」
 俺はおうむ返しに繰り返す。信じられない。少なくとも夜中の中学校で発される疑問詞じゃない。
「電気つかないんだぞ。誰かがブレーカーを落としたんだ」
「へえ」
 トースト壊れたからパン焼けないんだ。ぐらいの返事をされた。雲雀が壁のスイッチから手を放す。
「へえ?」
 俺はまたも繰り返した。雲雀が顔をしかめる。
 周囲は暗かったがそれはよくわかった。
「君、さっきから僕の言葉を繰り返すのやめてくれる。馬鹿みたいだ」
「『へえ』ってなに、『へえ』って納得の言葉じゃないよな。少なくとも俺の知る限りでは」
「たまたまここの電灯が切れてるのかもしれないだろ」
 んな馬鹿な。
「じゃあ教室ならどうよ」
「確かめてみよう」
 理科の実験でもするかのごとく雲雀が答える。月明かりの射し込む廊下を2歩で横切って、1番手近にあった教室の戸に手をかけた。ためらいがない。
 ガラガラガラ。
 普通に、というにはやたら大きく音が響く。横滑りに扉は開いた。
「……誰もいないな」
 言ってから自分で自分に引いた。いてどうする。
「いたらどうするの」
 教室へ踏み込む黒い背中から、まさに今思ったツッコミが来た。
 直撃だ。今回ばかりは言い返せない。
 俺は無言で雲雀のあとに続いた。教室は暗く、椅子と机がただオセロのコマよろしく並んでいる。
 昼間と変わらない風景。ただ時刻が違うだけで、どこか不気味に思える。
「闇に恐怖を感じるのは、太古からの人間の本能だってね」
 俺の心を見透かしたように雲雀が言う。入り口で立ち止まっていた俺を置いて、雲雀はいつの間にかスイッチのある黒板の横まで歩いていた。
「……あ、そう」
「だから人間は光を作った。照らすモノを」
 雲雀が続ける。まるで自分が人間じゃないかのような口ぶりだった。
 まあ「僕はヒトとしての性能が違う」とか断言するくらいだから、わからないが。
 パチッ。
「ほら、点かない」
 黒い瞳が俺を見る。白いスイッチは虚しくパカパカと音だけで切り替わった。
 教室は、暗いままだ。
「……『ほら』?」
 俺は雲雀の忠告も忘れて繰り返した。
「ほら」
 一方の雲雀は涼しげな顔で頷く。
 ほら。頭の中で反芻した。俺が間違っていなければ、「ほら」は「それ見たことか」みたいなニュアンスを含むはずだ。
「……いやいや、さっき『ここの電気だけ切れてるのかも』とか言った奴は誰だよ」
「誰それ」
「お前だ」
 新手のボケか。
「次、行くよ」
「ちょっと待て」
 本当に出て行きかけた雲雀を慌てて追いかけた。ふわりと揺れる袖を掴む。
「何」
 心底迷惑そうな顔をされる。
「マジ、たまにお前の事信じられないんだけど。心臓に毛でも生えてんの?」
「君の方こそ何言ってるのか信じられないんだけど」
 おっくうそうに首半分だけで振り向いた雲雀が、やっぱりおっくうそうに言う。おっくうそう、というよりめんどくさそうだった。狙う獲物はお前じゃない、みたいな。
「あのな、」
 視界の端を何かが横切った気がした。心臓がヒヤリと凍り付く。
「なに?」
「……今、」
 振り返る。無意識のうちに掴んだ袖を握りしめていた。
「は?何、ほんと」
 後ろは誰もいなかった。しん、と静まり返った教室は、先程同様、机と椅子と少女の姿がただあるだけで、
「……は?」

 少女?


 俺は完全に凍り付いた。手の内で袖が揺れる。とっさに強く掴み直した。
 冗談じゃない。この状況で置いてかれるとか。
「君、誰?並中の生徒じゃないね」
 雲雀の声が頭の後ろから聞こえた。生唾を呑み込む。
 信じられない。
 コイツ、普通に話しかけやがった。
「答えなよ」
 後ろから響く声が苛立ちを帯びる。俺は机と机の間に立つ少女に釘付けだった。
 真っ暗な窓、ばらばらと並ぶ机、その真ん中、俺と雲雀のいる扉付近とちょうど真逆――窓のすぐ側にぽつん、佇む女の子。
「……女子生徒?」
 やや音量の落ちた訝しげな声が耳に届く。数秒遅れて、それが自分への疑問だと気が付いた。
「……女、だろ」
「確証ないね」
「少なくとも、髪をあんなに伸ばした男を俺は見た事がない」
「……意外に冷静じゃないか」
 一拍置いて返事が来た。は?
 振り向こうとして、ぐっと左肩に手を乗せられる。重たい。体が半分、床へ沈むように傾く。
「っ、何すん」
「下がってなよ」
 ぐっと後ろに押される。予想していなかった俺はたたらを踏んでよろめいた。
 ガタン。背中が教室の引き戸にぶつかる。
 あれ。一秒遅れて俺は気が付いた。

 扉、閉めたか?

 嫌な汗が背中をつたう。多分、気付いちゃいけなかった。
「……何の用かぐらい聞いてあげる。答えなよ」
 『あげる』となんて譲歩してるようで一方的だ。およそ拒否権はない。今の俺にはどうでもいいが。
「答えないなら咬み殺す」
 更に一方的になった。選択権すらなきに等しい。
 ズル、背中を扉に預けた俺の前、教室の反対側で――少女の口が、開いた。
 顔は見えない。長い黒髪がほぼ半分隠してるせいだ。
 口が、三日月形に、白く動く。

 "――みぃつけた。"


「ッ!」ガタ、
「煩いよ」ヒュンッ。
 ガタンッ!と極め付けに扉がわななき、俺は戦慄した。床から中途半端に立ち上がった格好のまま固まる。
 肩の数ミリ上、扉にトンファーの先が突き刺さっている。動けない。
「……なーにいきなりかましてんすか雲雀サン」
「君がいきなり動くからでしょ」
 動作=死。らしい。そんな物騒なルール俺は知らない。
「黙ってそこで待ってなよ」
「えっ、ちょっ無理待ってマジかんべ――」
 ん、と俺が言い切るより早く、雲雀の足が床を蹴った。




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