六道
■ ■ ■
『おはようございます、ユイ』
『朝っぱらから元気だなー六道……』
『クフフ、そう言う君はだるそうですね』
『だるいんじゃなくて眠いんだよ、ふぁあ……』
大きくあくびをした口を手で隠すユイに、ひじをつき頬をのせ、にやりと笑う骸。
『セーッカクの夏休みだっていうのに、なんっでわざわざ学校なんか……』
『君の頭が悪いからですよ』
『おんなじ補習に来てるやつに言われたくねえ』
『僕は補習ではありませんよ』
『は?嘘つけ。んなわけねーだろ』
はあ?と乱雑に椅子を引いて座り、半眼で相手を見やる。紫の頭は座った自分のいくばくか上、無駄に整った顔にイラっとした。にやにや笑ってんじゃねえよ。
『アルコバレーノに呼ばれましてね。仕方なく』
『ある……?』
『ああ。なんでもありません』
にこり、瞬時に笑みを浮かべて、骸は器用にこちらの額を指で弾いた。
『いたッ!何すんだよ急に!』
『いえ、補習なんて実に可哀想だと思いまして』
『馬鹿にしてんじゃねーよくそ果実』
『何か言いました?』
『いっ、いだだだだだ!みみっ!耳が!取れるっ!』
『取れたら少しはそのどうしようもない減らず口と頭もマシになるかもしれませんよ』
『なっ、ならねーよっ!いった!』
やっと骸から解放されたのは、先生が教室へ入ってきたその瞬間だった。きっちり席について何事もなかったかのように前をお行儀よく見ているのだから、こいつは本当にたちが悪い。最悪だ。
『……ん?』
ふと、机の端に置かれた白い物に目がいった。
いつの間に置かれたのだろう。小さな紙のかけら。
何やら補習内容について長々と話す先生の目を盗んで、そっとメモを開いてみる。
几帳面に折りたたまれたメモの表、並ぶのはやっぱり几帳面で角張ったきれいめな文字。
《この先生、合格基準上げるそうです。ちゃんと補習受けないと、次の追試でまた落ちますよ》
思わず前を見る。
借りてきた猫のようにきちんとした、その背中はまるで何も知りませんと言うかのようで。
『……ばーか』
大方、どこかで耳にしたんだろう。
やたら先生に気に入られては職員室に入り浸るこの男のことだ、そこで小耳に挟んだのかもしれないを
なんだよ、恩でも売ったつもりか。
笑い、窓の外を見る。
白い雲がもくもくと、青い空を彩っていた。
先ほどまでの憂鬱な気分が、ほんの少しだけ救われたような、そんな。
「……ろくどう」
呟き、硬い地面を踏み進む。
こめかみを汗がつたっていった。暑い。
いつが夏の終わりなのだろう。8月は今日でおしまいなのに。
最後まで、名前で呼ぶことはなかったな。
そんな思いがちらりと掠めた。