駆引
■ ■ ■
嘘を吐いて生きていたかった。
『……君も、ですか』
ほとんど何も見えないかすんだ世界に、
『……いっしょに、来ますか?』
あの、男が現れるまでは。
「ユイ、君はもう少し身をかばうということを知りましょう」
「ハ?何それ美味しいの」
「いえまったく」
律儀にきっちり包帯を巻く相手は、まあ相変わらず冗談が通じない。
イスに座った自分の足元、膝をつき慣れた手つきで包帯を扱う紫色の頭を眺める。慣れた手つき、なのはまちがいなく自分のせいだろう。
「君が怪我をすると心臓に悪い」
「手合わせの時は散々な目に合わせるクセに?」
「それはそれ、これはこれ、でしょう」
立ち上がった彼の手元、パタンと閉じられる救急箱のフタ。
ボンゴレご用達のそれは、もちろん家庭用のよくあるやつなんかとはわけが違う。
「"予測"してくれるのはいいですけどね、もっと自分の身を大切にしてください」
「はいはい」
余計なお世話、と呟いたのは内心にとどめておいた。また前みたいに険悪モードになりたくはない。
その程度には、大人になったつもりだ。
「……じゃあ、僕は行きますから」
「待てよ」
出ていきかけた、黒い服のすそをキュッと掴む。
振り返る、ぎょっとした骸の顔。
「……なんですか」
「血のにおい」
ペロ、と唇を舐めそう言えば、途端に相手は嫌な顔をした。露骨だ。
「ケガしてんでしょ?」
「……まあ」
「見せてよ」
「君の場合、見せるだけにととまらないでしょう」
「イイじゃん」
にやり、笑って勢いよく右手を引く。
掴んだままのすそが、途端にこちらへつんのめる。
「飲ませてよ。血」
鼻先が触れ合う距離でわざとささやけば、骸の肩がぴくり、と跳ねた。