Blood&Tears | ナノ
Day for murder (again)
入った瞬間、何かがヤバいと感じた。
それがいつかの感覚と同じだということに、
遅まきながら、気がついた。


「……きょ、」

う、と言い掛けて言葉を飲み込む。
やばい。
やばいやばいやばい。
嫌な、嫌な感じが、するー。


「瑠久」


名前を呼んだのは彼なのに、
いつも通りの恭弥の声なのに、
はため返る学ランも腕にはめられた腕章の文字も、
何もかも同じはずなのに、


なのに、その黒い瞳には光が無い。


『瑠久』
そう言って少しだけ優しくなる、
あのやわらかで暖かなあの光が、
瑠久が愛してやまないあの色が、
そこには、どう探しても、
どう見てもない、だなんて。

そんなこと。



「……恭弥…」
カツカツ、近付く足音だけが響く。
「…恭弥、」
真っ直ぐに、よどみなく歩いてくる姿。
「恭弥っ!!」
瑠久が叫んでも、雲雀の歩みは変わらない。むしろ、何事もないかのように歩み来る。

やばい。

とっさに後ずさった。そのまま身をひるがえし、意味も無いのに壁際へと逃走する。
逃げたくはなかった。でも逃げたかった。
相反する感情が、足を止め動きを鈍らせ頭をぐちゃぐちゃにする。
だって、だってどうしたらいい。
恭弥がおかしいだなんて、怖いだなんて、
そんなこと。


ぐっと襟首を引っ張られた。
予想していなかった事態に、なす術もなくよろめき倒れ込む。

「きょうやッ…」
「……。」
腹の上に跨る黒い姿。
学ランの裾が、床を擦る。
ぐっと手首を掴む力は、ひどく強く骨がきしんだ。
思わず顔をゆがめたそこへ、両手を頭上で素早くまとめられる。

嫌だ。

思わず顔をそむけたそこに、しかし降ってきたのは唇ではなく、冷たい右手だった。

「っ、やめっ、」
発した言葉は掠れて悲鳴のようになった。
一切手加減の無い力で、喉元が絞まる。
必死でもがく。虚空を蹴った足は、邪魔だと言うかのように降りてきた膝で押さえ込まれた。

嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ。

きょうや!

叫んだはずの口からは、ヒュウッと細い音だけがした。
目の前が滲む。黒い瞳が見えなくなる。

何もない雲雀の目を見るのも辛かったけれど、
何も見えなくなるのも辛かった。

足掻く。必死で抗う。
前とは違う。本気で抵抗しなければ。
そう思っていながら、でもナイフは出せなかった。
だって、恭弥を傷付けるなんて、出来ない。

「…ッ、や…」

息も絶え絶えに名前を呼ぶ。
必死で、呼ぶ。
お願い、頼むから、恭弥。
戻ってきて、いつもの、あの瞳が…。

苦しい。痛い。暗くなる。滲む。
腕から力が抜けるのを、微かに感じた。
遠くなる意識の中、
頬を伝った涙は生理的な物だったのか、それとも。


恭弥、
恭弥。


どうか。



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